長生きをする人間が妖術を身に着けている。 それは決して長生きしているからではない。
妖術を学ぼうとすることには常に動機が存在する。
人間が一朝一夕で妖術を身につけることは不可能である。発動するためのプロセスも複雑だし、
バックドラフトによって術者が命を落とすケースも多い。
また、ある日突然能力に目覚めると言うことはまず有り得ない。あったとしてもたいてい自滅する。
短期間で、術を身に着けるには少なくても師事する者が必要である。
人間でさえ情報の蓄積を数千年間繰り返すことで
ようやく今の技術体系を作ることができた。 これは、妖怪とて同じである。
知識の蓄積が成されても千年程度生きているくらいでは
妖術をゼロから身に着けて制御するということは不可能だ。
ボスはスペルカードとは、そもそも妖術が使えない人のための補助輪であると述べていた。
少なくてもカードの歴史はかなり古い。 博麗の巫女がカードを決闘のルールに使おうと考えたことからも幻想郷で
カードが最初から流通していると考えるのが自然である。
ではカードがなぜ生まれたのか?
ある人物を守るために仕方なく作ったもの。 とボスも朝倉も言っている。
その人物は、ある野望をもった人間に命を狙われてしまったという。
当時のカードは、制御技術が不確定でしばしばバックドラフトを起こしていたが、
幸いその人物にはバックドラフトのリスクを考慮しないで済むことができたという。
弾幕は、多数の軍勢から身を守るために有効な手段だったらしい。
ただ具体的なことを聞こうとするとボスも朝倉も口を噤んでしまう。
阿礼乙女の記録にはその詳細が書かれているというが、あまりに古過ぎてデジタイズできていないらしい。
いつか調べる機会があれば調べて見たいところだ。