○月 ■日  No192 夢に見たあこがれ

会社に出社すると、ボスが正装で出かけるところであった。 
車に乗り込むところを見守っていると、私を手招きするジェスチャーをしてきた。 
ボスは昔世話になった軍幹部と会うらしい。
その軍幹部が脳溢血のため緊急入院したのは今から1ヶ月前のことである。 幸い命に別状はなく、
脳のサポート技術が進歩した現代においてはリハビリこそ必要だとはいえ、寝たきりになることはない。


その軍幹部はもう齢70になる。ボスの年齢は不詳だが、彼女の外見は何年経っても変わらない。
本人は問題なくても家族と会うのに今の姿はまずい。
そこで誰とも面が割れていない私にお鉢が回ったようだ。


病院へ着くと待合室に家族たちがいた。 皆結構な年齢である。ボスは自分を孫と言っていた。
本人は病気療養中のため会うことが出来ないので代わりに来たというと、
家族は口々にボスの面影が強い娘だと言った。
その人物は随分とやせ細っていた。 医者に話を聞くとすでに癌も併発しており余命はいくばくもないらしい。
臓器のスペアを使用することを薦めたが、本人は頑なにそれを拒否してとうとう、
手術するだけの体力もなくなってしまったそうだ。
その人物は家族を外に出すと、相変わらずお美しいとか細い声で話す。 
この人物はボスの正体を知っているようだった。
そして私を指差すと、彼が今の男なのかねと聞いてきた。 一瞬ぎょっとした。
ボスは表情を変えぬまま、私の部下だと答えた。 
予想通りの答えだったのだろうか老人は何も答えなかった。


帰る間際のことである。 その老人は確かにこう言った。
「あなたは夢に見た憧れだった。 私が死ねば、幻想郷に行くことはできるのか?」
ボスは否定することなく、結局挨拶だけを済ませて帰路についた。
人間が死んだところで幻想郷に行けるとは限らない。 運がよくて中有の道を進むことができて
もっと運がよくて冥界にたどり着くことができるかもしれない。
そして彼は再びボスに会うことができるのか? それは私にはわからない。