○月 □日  No209 幻想郷が楽園だと誰が言った


その少年はちょっとおつむが足りなかった。 奇声を発してはあちらこちらを闊歩している姿を
私も何度も目撃していた。 幻想郷だからと言って、健康な人間ばかりが住むとは限らない。


いつものように薬屋に薬を納品していると、その少年が突然乱入して
暴れるではないか。
病院の中は病人がいっぱいだが、本人は一向に気にすることもなく
一直線に薬屋のところへ向かってくる。
私も払いのけられて高価な薬がいくつも落ちた。 
少年は薬屋の前になるととたんに大人しくなった。
ああ、薬屋に恋をしているのか。 
だが大切な薬が地面に落ちたところをみた患者たちは黙っていなかった。
彼らは必死である。 薬屋にもしものことがあれば自分たちの命はないと
思っている人たちである。
数刻も経たないうちに、少年は患者の手によって追い出されてしまった。
私も薬屋も呆然とするしかなかった。


幾つかの薬品がだめになったので後日商品を納品すると薬屋がぼそっとこんな事を言った。
「あの少年は神隠しにあったわ」
一瞬隙間妖怪とか中間管理職狐が頭に浮かんで、あいつらも暇なのかねと思ったが
薬屋はそれ以上話さないので私も追及することはやめた。


夜のことである。 私の頭上に一枚の布切れが落ちてきた。
月明かりに照らされたその布切れには見覚えがあった。 
何が起こったのかも理解できた。 
布切れには血のにおいがこびり付いていた。
だから私はあえて空を見なかった。