□月 ●日  No1417 有る人物の回顧録


私が"あの女"に会ったのは何年前の話だろう。
冷戦構造のまっただ中の話だ。
当時私は米帝空軍に在籍していた。 
まだ我が国が世界の警察面していた頃の話だ。


我が国は昔から"その女"の能力に注目していた。
その能力とは即ち「歴史喰い」の能力。 
敵国の歴史を奪うことは相手の誇りを奪うことと同義である。 
現地人はそれを「白沢の力」と呼んでいた。


彼女がいるという地で、"彼女"は白沢の力をもって
現地人を自分の都合の良い人間へと変えた。
当時の教育制度を破壊して自分が暮らしやすい、
迷信に溢れた教育へと戻してしまった。
この地の為政者は、彼女の能力に古くから注目し
有る人物の安全と引替にこの地へと"彼女"を引き入れたという。


私は彼女の能力を調査し、その有効性を報告する任務に就いていた。
彼女を直接利用できないとしても、能力の行使でどのような問題が起こるのか
同時に探ることでもあった。


彼女の能力は確かに有効に働いた。
だが、別の問題が発覚した。 破壊した歴史を誰がカバーするのかということだ。
それは無垢となった価値観を何で埋めるのかという問題である。
自分にとって都合の良い知識で埋めることはそれほど難しいことではない。


"彼女"は自ら教育の現場へと身を委ねた。
委ねるしかなかったとも言える。 自分がシステムを壊したのだから
壊したシステムを直さないといけなくなった。
それは多大なリソースを消耗することに他ならない。


結局彼女は破壊したシステムの前に行われていたシステムを活用するしか
なくなってしまった。
しかもそれが都合の良い結果を生み出すとは限らなかった。
システムの構築は結局一人の手ではできない。 すぐに彼女の作ったシステムは
外部からの干渉を受け入れることになった。 全ては元の木阿弥だったのだ。


私の報告に当時の首脳はとても失望した。


私の報告はあくまで歴史喰いの有効性のみを証明したものでないといけなかったようだ。
私は彼女に軍籍時代の歴史を奪うよう頼んだ。
私が歴史上から抹殺される前に、自らの手で過去を清算した方が良いと考えた。
彼女は渋々そのことに応じたが、歴史を食す彼女の顔はとても幸せそうに見えた。




後で分かったことだが、全ては彼女を教育の現場に縛り付けるための罠だった。
彼女の能力の有効性はすでにこの地の為政者は重々理解していた。
同時に限界も理解していた。 
白沢と呼ばれる女はこの地で今日も教育者としての職務を全うしている。