■月 ●日  No5065

 チーフは激怒した。必ずや目の前のヘビ人間を撃滅せんと決意した
 チーフには事態がわからぬ。ただ、一般市民を犠牲にするヘビ人間には
 人一倍怒りがわいた。なおヘビ人間だろうが、一般市民だろうが
 殺人を犯せば等しく犯罪者である。絶対何か間違えていると思うのだが
 どうでもいい話だ。ついでに言えば、たぶんいまヘビ人間に襲われている
 被害者は人間じゃないと思うが。
 
 つまりチーフはここで、無関係を決め込んでもいいのだが、
 ここで、一番ひどい反応をしたのは他でもないヘビ人間どもだった。
 「あっ、不死身のチーフだ。 もうダメだ おしまいだ」と。
 「ま て い」
 これにはさすがのチーフも突っ込むしかない。
 「私は不死身じゃないぞ。言っておくが俺は一撃で死ぬぞ」
 「いや、あなた、私たちを見ても何も反応ないじゃないですか?」
 ヘビ人間の一人が的確な意見を述べる。
 確かにチーフはちょっとしたことでは全く動じない鋼の心を持っている。
 というより人間として大切な何かが欠けているともいえる。それは圧倒的な
 経験値と、諦観と、そんでもってツッコミ力が招いたものであった。
 
 「いや、俺普通にホモサピエンスだから。」
 呆れた顔でチーフがヘビ人間にぼやく。 
 「どうみても信じられないんですが。」
 「それじゃ、うーんと、俺の血液検査見てみる?」
 彼の手元にはちょうど産業医から渡された健康診断の検査結果がある。
 八雲商事社員に健康診断なんてナンセンスかもしれないが、それでも
 メンタルヘルス系とはニーズがあるのである。
 「あっ、それ興味あります。」
 ヘビ人間の一人が手を挙げた。

 傍から見たらついでに言えば、完全に存在を忘れられた被害者(女)も
 この光景に呆れた表情になっている。
 (何このフレンドリーな光景) 女はそう思っていた。
 まるで自分が道化である。
 
 「いや、これ絶対おかしいですから。」
 ヘビ人間がこれまた驚嘆の声をあげた。
 「この値は、どう見ても健康ぶっちぎっていて怖いくらいですよ。」
 その数字は誰が見ても異常がないがゆえに異常であった。

 年齢と肉体年齢がそぐわない。
 彼らは研究者であるがゆえに SANチェックを行っていた。

 「そうなの?普通だから病院行かなくていいじゃん」
 「いや、だからこんな若々しい数値は絶対おかしいですわ。 
  やっぱり不死身じゃないですか?」
 口々に突っ込むヘビ人間にチーフもたじたじになった。

 自分はもしかしておかしいのか。チーフ自身も自問自答を始めていた
 「あのう、私も興味があるのですが 美容的な意味で」
 手を挙げたのはさっきまでヘビ人間に襲われ、蚊帳の外にいたはずの娘だった。

 「あ、もう、うちの会社に入ったらいいんじゃないですか? あなたたち
  かなりの研究者みたいですし、あなたも検体になるくらいだからきっと
  何か凄い力があるんでしょう。」
 チーフは諦めたように手を振ると当初の目的を完全に忘れ完全に勧誘モードに入っていた。
 彼にしてみればヘビ人間に襲われるような能力を持つ娘は十分スカウト対象である。
 「あっそれはもう。」
 女の返答にヘビ人間がびっくりしていた。彼女が本気を出していたらミンチになっていたのは多分自分たちだったからだ。 
 「あー、じゃあここに書類があるから、 書類選考の日程は次の通りで」

 今にして思えばあのヘビ人間と娘は不定の狂気に晒されていたのかもしれない。 

◇◇

 「ってことがありましてね」 

 その出来事から2か月後の八雲商事社屋、無事採用が決まったヘビ人間と娘たち。、彼らがみんなで研修に行ったのを送った後のことである。
 「あーあのヘビ人間たちあーいう人だったんですね。」
 パスタを頬張りながら北白河が当時の求人票を眺めている。
 「ヘビ人間たちも、こんなんだったら無理して仲間を増やす必要ないですねって
  言ってましたね。」
 まあ同胞を幻想郷に亡命させれば安心して彼らも暮らせるだろう。
 本当はもっとやばいヘビ妖怪がいるのだが。 彼らも知る由もない話である。
 「というか、彼ら、明羅女史の下にしてよかったんですかね、絶対変な方向に
  感化されますよ」
 とも。 
  


 

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