◎月 ◇日  No226 死と医療


薬屋の診療所は相変わらず繁盛している。基本的に排他的な幻想郷においてこれは異例の事態である。
だが、彼女の活動を見るとそれ当然だと思えてくる。
最近はニート姫や人形たちも診療所を手伝うようになった。
毎日のように感謝されたりするので本人たちも満足げな表情をしている。
とてもよい傾向だと思う。


幻想郷の医療はきわめて悪かった。特に盲目の老人が多いことが知られていた。
そんな時、薬屋からの最初の注文はホウ酸だった。 実は盲目だと思っていた老人たちは
単に目やにがくっついて目が開かなくなっただけだというのである。
こんな有様であったから、薬屋は奇跡の人と言われるまでそうかからなかった。
だが薬屋にも限界がある。 私は薬屋の限界が露呈したとき、住人がどう反応するのかが
不安であった。 薬屋とて神ではない。
蓬莱の薬という禁じ手もあるが、それは幻想郷の人間に伝えないほうが幸せというものだろう。


ところが、幻想郷の人間はとても冷静だった。
ヒステリックになることもなく、それが運命だと言って死んでいった。
この冷静さはどこから来るのか? 薬屋もその考え方が何に由来するのか判りかねているようだった。


朝倉は研修のとき幻想郷は常に死を意識しないといけない世界であると述べていた。
妖怪の存在もまた死に対する恐怖が基盤となって人型を生み出しているというのである。
それが結界の外の世界とは決定的な死生観の違いを生み出しているのだ。
そんな話を薬屋にしたが、それは月人にとって決定的に欠けているものだと気が付いて
自分の失言に自己嫌悪に陥ってしまった。
薬屋は無言で天を見つめていた。 空は満天の星空だった。