◇月 ◇日  No316 月人のはなし

ボスと薬屋はとても仲が悪い。 
どうやら薬屋が嫌いと言うよりは月人そのものが嫌い
というのが正しいようだ。
地上の民を下賎の者と称しまるで神が裁くかのように振舞っている。 
だけどそれは人間も同じではないか? と思う。
もしかするとボスは人間もあまり好きではないのかもしれない。


朝倉がひとつの余興を見せると言うので着いて行くことにした。
彼女が試験管から取り出したものは月人の体細胞組織らしい。 
それを構成するたんぱく質を分離しさらにそれをアミノ酸へと分解する。 
そのアミノ酸の分子構造を見ると不思議なことがわかる。
アミノ酸の構造が左型なのだ。


アミノ酸は分子構造が二種類存在している 左型と右型 
鏡に映したような左右対称の姿をしている。
この星に住む生命のほぼすべては何故か左型のアミノ酸
構成されている。
それは生命を構成する宇宙からやってきたアミノ酸の材料と
なる物質が、左型だったからと言われている。
今度は月人のアミノ酸 なんとこれも左型だった。 
月兎も同様に左型である。
朝倉は「これは偶然なのかしら」と笑みを浮かべていた。 
別の天体に全く同じ生命の材料が
届いていたという事実は確かに面白い。
朝倉に言わせれば月人とて生命体の一種に過ぎないという。 
全く構造の違う珪素生命体とかならともかく
地上の生命体と月人は意外なほどに共通点がある。
だからこそ永遠亭の月人は地上で生き続けられるのではないか。
これはあくまで仮説である。 
もしかすると地上に降りるときに別の代謝システムを用意している
可能性もあるからだ。


自分たちも所詮生命体であることを忘れた人たちが、
穢れを口にするなんてお笑い草だという話を聞いて
少し考えさせられた。 
それはまるで自分たちに向けられた言葉にも聞こえたからだ。