うちの会社に笑顔を絶やさない好々爺が訪ねてきた。
聞けば元うちの社員で今はどこかの街の町長さんをやっている人らしい。
ボスとしばらくの間談笑した後、朝倉や冴月に深々とお辞儀をして帰っていった。
朝倉がこの人物の昔話をしてくれた。
彼は元々腕のいい医師であり大学で教鞭をふるっていたのだが、安定した生活が
約束されていた教授の地位を捨てて、幻想郷の医療現場に単身飛び込んでいったという。
彼がどうやって幻想郷にたどり着いたのかは分からないが、
彼が人間の街にやってきたときすでに、妖怪たちが彼を護衛していたという。
護衛した妖怪たちは口々に、「彼は命の恩人だから彼にもしもの事があったら
我々が許さない」と触れ回っていたという。
やがて彼は妖怪たちの援助を受けて診療所を開いた。 だがここで問題が起った。
幻想郷には満足な薬など存在していなかったのだ。
ここでうちの会社が初めて彼の存在を捉えることになった。
医学知識を持つ妖怪は数が限られていたため朝倉が対応していたらしい。
そこで朝倉が見たものは神業と言える外科手術と、彼に従う弟子たちだった。
しかし幻想郷に持ち込める薬は今よりはるかに制限が厳しかった。
また朝倉自身が調達できる薬にも限界があった。彼をどうにかして幻想郷の外に
連れ出さないといけなくなった。
朝倉は意を決してボスに相談を持ちかけると、彼女は驚くべきことを言った。
「だったらうちの社員にすればよい」
彼は、体調を崩して内勤になるまでの3年間 幻想郷の医学の発展に力を尽くした。
それは魔法以外に人間の治療する術があることを教えてくれたという。
薬屋が幻想郷という閉鎖された地域で医者として受け入れたのは
彼がその道筋を作ったからと言っても良い。 薬屋の目の治療も彼が道筋を
作っていなければ、住民たちは怖がって治療をしてもらおうという発想すら
想い浮かなかっただろう。
「入社したときもっと若ければ狙っていた」と言って苦笑する朝倉。
自分たちの今の仕事は先人たちが築いた仕事の積み重ねだと感じ入る日だった。