□月 ●日  No765 The Beyond world


お年寄りを敬う日 敬老の日
歴史は浅く、幻想郷には敬老の日にあたる日は存在しない。
そんな中、久々に自分の社員を追わないといけない事件が起こってとても気が重い。


薬屋がやってきてからと言うものの幻想郷の医療環境はかなり良くなった。
機材の一部は顕界の病院に匹敵どころか凌駕するレベルまで来ている。
薬屋の技術は現代の医療技術を遙かに超えたオーバーテクノロジである。
が、それゆえに自分の親兄弟を幻想郷に連れて行き薬屋の診察を受けさせようと考える輩が
急造した次第。


もし、自分の身内が顕界では治せない難病に掛かった時、自分の目の前に
それを治すことができる人物がいたとしたら、どんな手段を用いても会わせたいと
考えるのは人情であろう。
が、それを赦してしまったらうちの会社の前提条件の多くが崩れてしまう。
誠に遺憾だが、そういうことをする社員は解雇せざるを得ない。
たとえ鬼と言われてもどうしても崩せないラインである。


この日、荷物に紛れて自分の親を運ぼうと試みた社員が検挙された。
里香女史の荷物検査で引っかかった為だ。
食べ物が入っている筈の荷箱に不自然な金属反応があったのである。
それは葉に詰められた治療痕であった。


「堪忍してください」と言う気持ちはよくわかる。
里香女史も相当堪えたようで、どうしても相手の目を直視することができなかったらしい。
荷物のルートから犯人が特定されてボスが事情聴取を行った。


ボスの力を持ってすれば、幻想郷に永住する条件を呑むことで治療を受けさせることは
不可能ではないかも知れない。しかしそれは顕界での死を意味する。
年齢を重ね、人々との縁の中に身を置いている人にとって、自分が生きるためとはいえ
事実上死んでいるも同然になってしまうのはどうだろうか。
幻想郷は結局のところあの世も同然の場所である。
一度行ったら戻れない。 そんな覚悟がこの社員にも身内にもあるとは思えない。
ボスはこの社員に選択をさせるだろう。
命をとるか、この世のつながりをとるか。 どちらを採るかはその人次第だろう。、


だが、これは割と幸せだったかも知れない。
私に言わせれば、小兎姫たちに見つからなかったのが不幸中の幸いだった。
連中はそういうものを見つけると平気で射殺してくるからだ。
酷いケースだと妖怪たちを宛がってしまうことだってある。
外の世界からきた人間を保護する仕組みは残念ながら幻想郷にはない。
もし、荷箱が妖怪たちに襲われたらこちらとて助ける手段がない。
うちの社員がそのことを知っているかどうかはわからない。
私が同じ事をしないのは、そうした怖い人の存在を知っているからである。


朝倉はボスが少々甘すぎると言って終始不機嫌だった。
隙間妖怪にこのことが知れると関係がぎくしゃくするのを警戒しているのだろう。
この社員は結局は今回の出来事をなかったことにすることにしたようだ。
ボスの「生きながらにしてあの世に逝くようなもの。」という説得に納得したかたちだ。
うちの社員をもってしても人の運命をどうにかすることは出来ないのである。