□月 ●日  No3014


 どうしても、どうしても、あの時の光景がフラッシュバックする。
 私は所謂サレ男だった。間男は貧相な感じのする男だった。いったい何が良かったのか未だにわからない。
 会社に紹介された弁護士がついて、間男と妻に制裁することになった。
 私には娘がいて親権を主張したのだが、妻有責であっても親権は妻に行ったままだった。
 その後どうなるかは大体見当がつくだろうに。


 娘とは月一回面会することになった。慰謝料は貰ったがこれは娘のためにと取っておいた。
 もっとも、分割払いの相殺というかなり甘い内容であったが娘の生活が苦しくなることを考えれば
 それが限度にも思えた。
 会社の人達は私を慰めていたが、私にとってはそれが重く感じられた。
 数回の面会の後だろうか。


 次に娘と会ったのは黒焦げの姿であった。事故だった。妻と一緒に。
 間男は気が抜けたようになり、数日後首を釣った。
 制裁時にすでに彼はかつての職を離れていた。当然の報いだった。


 骨になった二人を引き取ったのは私だった。なぜ自分になったのか、自分でもよくわからない。
 引き取るはずの間男はすでに他界しているし、妻は実家から半ば絶縁状態だったと聞く。

 
 ここまでが、前提。


 私のかつての仕事は、生きている者と死んでいる者との境界にいるものを監視するというものだった。
 それ自体は実にやりがいはあったし、境界といってもそれは人類がまだ知らない保護動物の
 監視業務みたいなものだった。多少の荒事もあったが、そこまで嫌になることはなかった。


 だが、私の上司の言葉はこの仕事を離れるに十分だった。
 「死後の世界を見てみないか」上司は確かにそう言った。
 最初、私はその申し出を快く受け入れるつもりだった。しかし、考えれば考えるほど
 私は二人の前に行くべきではないと考えるようになった。


 そもそもどんな面を下げてあそこに行けばいいというのだろう。妻は一体何を思っているのか。
 間男とバッティングするのも懸念材料としてあった。その可能性は否定出来ないと上司も言っていた。
 同時にこの仕事に対して酷い嫌悪感も覚えていった。死が軽すぎるのだ。
 死がまるで、どこかに出張へ行くような手軽さを持って考えられていた。
 こんなところに私はいたというのか。


 結局私はかつての職場を去るにした。