□月 ●日  No3015 死者の群れ


 この日の仕事はトイレに巣食っている妖怪退治だ。
 原因を探ってくれとか、依頼人は都合のいいことを言っているが実際は退治することと
 イコールにすぎない。
 トイレにいるということは決して幸せな一生を遂げた者ではないということだ。
 何かしらの理由で殺されたかなんかしてここを塒にしているうちに
 仲間を探すようになったということだろう。


 結局私は仕事をやめても妖怪相手の仕事はやめられないでいた。
 特殊な仕事であった私はなぜか尽く面接で落ちた。
 その面接官は私にこういった。前の仕事に近いことをすればよいのではと。


 まともな会社は私を調査すればそのような結果になるのは火を見るより明らかだった。
 結局私にできることは、今までの仕事を頼りにした探偵業に落ち着くものだった。
 

 大半の依頼は浮気調査だったが、それでも人間の尊厳を踏みにじる今までの
 仕事と比較すればマシだった。なにより私がサレ男だったことは客との
 距離を縮めるのに役に立った。自分にとって天職に思えた。


 トイレに入るとすでに相手は捕食の真っ最中だった。20後半か三十路くらいの男が
 伸ばされた手に引っ張られている。
 それを無理やり払うと今度は私に向かってきた。ここまでは予定通りだった。


 私には切り札がある。今までの仕事で手に入れた究極の切り札。
 それが「呪符」である。死と生の境界の空間より武装を呼び出して攻撃を行う
 この呪符はオブジェクト指向型言語で構成されたプログラムで稼働する。
 射程は短いものの、敵の攻撃を確実に撃ち落とす、私はこれを「ファランクス」と呼称している。


 しかしファランクスも限界がある。少なくても今回はまさにそうだった。呪符に記述できる文章量の
 容量からして効果時間は90秒程度、これなら通常の作戦行動には十分だったのだが、
 何故か、助けたはずの男は逃げようとしない。寧ろ私に向かってくる。なんて愚かな男なのだろう。


 「大丈夫、自分は帰ることができるから」 
 男が事も無げに言った。こいつ。
 私は無意識のうちに彼に銃を向けていた。
 「撃ってもいいけど、あなた処理できるの?」と言われた。
 同業か。しかし。


 トイレから現れた妖怪らしき手手は引っ込められていた。 
 彼らも何かがおかしいと気づいたはずだ。寧ろキルゾーンに誘い込まれたのは自分だということを。
 私は自分の中に生じた疑念を口にした。当たりだった。
 男がこめかみを撃たれるのと、妖怪の腕たちが吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
 あとに残るは脳漿と真っ赤な噴水。