□月 ○日  No535 岡崎のはなし


仕事が終わらない。大切なプロジェクトの中核部分を任されているのに
いつまで経っても目処が立たない。仕事に詰まって頭をかきむしっていたら、
朝倉先輩から休みをとるように指示された。
先輩は、「今日は大切な日のはずだから」と言うと、わたしに封筒を手渡してくれた。
中にはホテルの食事券が入っていた。 それも二枚入っている。
背筋にぞくぞくとした感触が走ると一緒に大切なことを思い出した。
今日はちゆりの誕生日だった。


思えばちゆりにはいつも世話になりっぱなしだ。
彼女がいなければわたしは今頃自殺でもしていただろう。
先輩の配慮に嬉しくて思わずぐしゃぐしゃになって腰が抜けてその場でへたり込んでしまった。
こんなところをちゆりに見られなくてよかった。


幻想郷から戻ってきた結果を学会に報告したものの結局放逐されて、わたしは路頭に迷った。 
住む場所もないし貯金も使い果たしていた。そんなわたしをちゆりが暖かく迎えてくれた。
でも女の子二人で暮らしていけるほど世の中は甘くなかった。
生活はすぐに行き詰まり、わたしは仕事を探すしか無くなった。
でも、なぜか面接すらさせてもらえない。


人事の人に抗議した。意外な答えが返ってきた。
大学にわたしの籍が残っていたこと。
そして預金通帳には給料が振り込まれていて使われずに残っていたこと。
わたしは学長に連絡したが、何故か無期限で自宅待機するようにと言われてしまった。
何もできない無為の日々が続いた。 それでも精神を保っていられたのはちゆりがいたからだ。 
ちゆりがいなければきっとわたしはどうかなっていたに違いない。


数ヶ月経ったある日のことだった。 黒服の男を従えた朝倉先輩がわたしを訪ねてきた。
彼女はわたしの技術が必要だと言うと破格の条件を付けてきた。
でもわたしはどうしても気がすすまなかった。 わたしは何よりちゆりと一緒にいられる理由が
なくなることが怖かったと思う。
だけどちゆりは同じところで勤めればいいと言ってくれた。幸い朝倉先輩はその条件を呑んでくれた。
そしてわたしはそこにいる。


ちゆりへのプレゼントは悩みに悩んでIKEAのパイプ椅子に決めた。
デザインに定評あるIKEAブランドだからきっと気に入ってくれるに違いない。
精一杯おめかしして夢のようなひとときをたのしみたいと思う。
手が震えてきたので今日はここまで。