□月 ●日  No723 幻想の鈎十字


いつものように香霖堂へ納品活動をしていると、三馬鹿もとい三月精どもが
世にも珍しい衣服と称して布きれを持ち込んできた。
絶対高く売れると核心しているのか期待のまなざしで香霖を見る三月精
あっさりガラクタだと突っ返されてもなお食い下がる三月精
「ほらここに神社のマークがあるでしょ」と指し示したそれは
鈎十字のマークまさにハーケンクロイツだった。


なぜこんなものが幻想郷にあるのか?
興味が出てきたので香霖の代わりにポケットマネーで買った。
ちょっとしたロマンのためにお金を使うのも乙なモノだと思うのだが
何故布きれに金を出すんだという表情の香霖が印象的だった。


こういうものを調べるには稗田家の阿礼乙女に聞くのが一番ということで
羊羹と一緒に聞きにいったのだが、なんと阿礼乙女には分からないらしい。
幻想郷に関係あるものと思っていたが単に事故でやってきただけの可能性も出てきた。


お金がもったいないのでノーレッジ女史にもこの布きれについて尋ねたが
外の世界と同じような知識を羅列されてとても退屈だった。


朝倉にでも聞くかと考えながら町中を歩いていたら、三月精に遭遇。
払ったお金で団子を買っていた。 お金は返さないよといきなり言われたが、
金を返してもらう気はないことを告げたら警戒を解いてもらえた。
この布をどこで拾ったのかだけ尋ねると、なんと井戸の底らしい。
もしかして魔界ルートで何かあったのかも知れない。 
それならば阿礼乙女に情報がないのも頷ける。


答えは予想外なことに橋を守る嫉妬妖怪からもたらされた。
なんでもこの布は幻想郷に攻め入った某第三帝国の兵士のなれの果てだったそうだ。
そいつらはどうなったのかと尋ねたら、とっくに消化済みと言われた。
彼らは地下世界を何故か幻想郷と言い張っていたらしい。


嫉妬妖怪は徒党を組んで進軍する兵隊が妬ましくなって襲いかかったらしい。
世にも珍しい道具や食べ物も嫉妬の対象だったようだ。
だが、多勢に無勢普通なら人間側が勝ちそうなものなのだが
嫉妬妖怪の力で兵隊の統率は一瞬で崩壊。 餌と聞きつけた仲間の妖怪が乱入して
あっという間に胃袋に収まってしまったという。


あとでエレン女史にも聞いたのだが、幻想郷に辿り着いた兵隊が何を思ったのか
穴を掘り始め、幻想郷はもうすぐだと言っていたのが天狗達に目撃されていたらしい。
どうせ地下は治外法権なので天狗達も放置していたのだが
妖怪たちは地下に住んでいるという先入観から、幻想郷に辿り着いたのに
地下に向かってしまった挙げ句部隊が全滅してしまったようだ。
そういえばあの第三帝國の総統は黒魔術の使い手だったから
幻想郷の存在も知っていたに違いない。


いずれにせよ、この出来事は顕界でも幻想郷でもいろいろな意味で闇に葬られた。
幻想郷にしてみれば被害にあった妖怪も居ないし、地下に住む魔界住人からすれば
餌が勝手にやってきた程度の認識しかない。


歴史のロマンと思って布きれを買ったのだが
どうやらただの痛いニュースになりそうな話だった。