□月 ●日  No891 ディテクティブストーリー Pert3


それは俺にとって最後の事件だった。


俺は記憶を辿っていた。俺が何故不思議の国のアリスを信じる気になったのか。
それは、喫茶店でのあの出来事。ブレザーを着た少女の話。
あの当時はただの与太話だと思っていたあれは現実だった。 
そして俺はこの列車の中にいる。


列車を特定できたのもこの少女の話からだった。 全てが繋がり全てが順風満帆だった。
自分の仮定が悉く正解していくのは快感だったが、職業柄であろうか急に全てが怖くなってきた。


その列車は貨物列車らしかった。しかし一直線に移動できる道があることからも
ただの貨物列車ではないことは明らかだった。 更に全ての荷物には同じ会社のタグがついていたのだ。
その名は「八雲商事」という。 あの少女の話の通りだった。


何両移動したであろうか、そこには和装の女がいた。
すらりとした体型、腰まで伸びた長い髪は後ろで縛られていた。
お互いに構えた銃越しに話しかける。
「お前がコトヒメか?」と。


コトヒメは銃を構えながらも、笑みを浮かべながら肯定した。
緊張の一瞬。彼女の動きは明らかに素人のそれではない。
軍隊仕込みの手慣れたものだ。銃口は全くぶれずまっすぐに俺を捉えている。
しばらくの沈黙のあとコトヒメは驚くべき事を口にした。
「狂わされていたのはあなた」と。


「どういう事だ」 俺も銃をコトヒメに向けながら怒鳴った。
「モリヤを調べていた人物を殺したのはあなた。 あなたはあの時に狂わされいたのよ。」
「誰にだ」
「貴男は会ったはずよ。ブレザーを着た少女に。彼女こそ貴男を不思議の世界へ引き込んだ兎。」
背中に悪寒が走る。直感のまま俺は横へ飛んだ。 コトヒメもまた横へ跳躍する。
床を抉る音と金属の反射音が列車内に響いた。
体を捻りカバーポジションを取る。  
コトヒメが銃口を向けるその先には突撃銃を構えるブレザーを着た少女の姿があった。


「後退するわよ」
コトヒメに促された俺は身を隠しながらも後ろへ下がる。どうやら俺はコトヒメへの案内役だったようだ。
躊躇われたが、身を守るために威嚇射撃を試みる。少女を物怖じせずに俺に向かっても銃撃してきた。
さらなる後退、そこはところ変って客室になっていた。
時間を稼ぐために扉の鍵を閉めて俺は再びコトヒメと対峙した。今度こそ真実を。
しかし何故か俺の手はコトヒメに銃口を向けていた。
「ご免なさい」 コトヒメの言葉とともに
俺の体は後ろに大きく仰け反った。 


「不思議の国へ行けば、一度あなたは<死んでも>然るべき場所で回収できるわ。」
俺は全身が熱く燃え上がるのを感じながら、俺を撃った後でなお冷静なコトヒメの言葉を聞いた。
「不思議の国の住人になれというのか」
だが俺は古い人間だ。 不思議の国の住人になるには遅すぎる人種だ。
「最後に聞きたい。モリヤの巫女はどうなったのか?」
「不思議の国で幸せに暮らしているわ。」
最後という言葉に全てを察したコトヒメの表情に憂いのようなものを見た。


脱出するコトヒメの姿を認めながら、なおも追ってきたブレザーの娘に俺は銃口を向けた。
最後に口にしたタバコが体に染みた。


それは 俺にとって最期の仕事だった。