□月 ●日  No1181 紅魔館毒物混入事件


メリーが血相を変えて私に尋ねてきた。
なんでもメイド長がヴァンパイアの主人の食べ物に毒を混ぜているらしい。
実はノーレッジ女史の食べ物にも混ぜているのだが、本人こそ冗談でやっていると言うものの
本当はきちんとした理由がある。
そもそも毒と言っても、それは人間にとって毒であってヴァンパイアの主人にとっては
必須栄養素であるというだけである。


魔法使いになったりヴァンパイアになったりすると、生き物としての身体の仕組みが変わる。
簡単な例を言うと、ヴァンパイアは日光に当たらなくてもビタミンDを体内で合成できる。
一般的にビタミンDは日光に当たることで体内で合成できるのだが、自力で合成できるヴァンパイアにとって
それが命取りとなる。 ビタミンD過剰状態になると体内のカルシウムが異常に増えて昏睡状態となるのだ。
これがヴァンパイアが太陽光を嫌う主たる理由である。 
この理屈だと太陽光が全く駄目というわけではないことがわかるだろう。


人間は自分でビタミンCを合成することができないが魔法使いは合成が可能である。
魔法使いが若さを保っていられる理由はそこにある。 
ビタミンCは身体を構築するコラーゲンの維持に必須な栄養素である。 老化に大きな影響を与える。
ヴァンパイアや魔法使いは毎日補充しないといけないビタミンCを自前で生成することで
十分な食事をしなくても若さを保っていられる。


これら必須栄養素の体内生成プロセスは人間でも見られる。 芋ばかり食べていても腸内細菌を
動員してタンパク質を生成する仕組みがある。 飢餓の時代を生き抜くために作られた仕組みだ。
こうした必須栄養素の体内生成プロセスが違う場合、人間にとって毒物が妖怪達にとっては
必須栄養素に化けるケースがあるのである。 もちろん逆もしかりなのだ、


そういうことで、メリーの心配は全くの杞憂である。
むしろ、毒物を混ぜたことにより余計に元気になって暴れ回るリスクばかりが増えていると言える。
朝倉が、我々が飲んでいる薬の類も毒の一種と言っていた。
要は的確な量を混ぜれば身体にとって害にならないのである。


この発言にメリーも納得いかない表情ではあったが、なんとか納得して貰った。
大体、本当に毒物だったら納品させない。
検疫部で注文された毒物は、きちんと中身を入れ替えて渡してしまう。
自前で入手した毒物については定期的に監視活動に当たってるメランコリーに依頼している。
小遣いを与えたら二つ返事でOKしてくれた。 この二段構えにより本当の毒物から
身を守っているわけである。


余談だが、月ロケット完成式典の食べ物にも毒物を混ぜようとしていたようだが
毒物の代わりに化学調味料を入れておいたので無事だったことを書いておく。
料理を必死に食べていたのは妖精達だったが。 もし毒が混ぜられていたら
どういう結末になるかは想像にお任せしたい。