□月 ●日  No2380 続 修羅の国


幻想郷のように統治機構がかなり緩い場合、有力者に人間が萃まると言う仕組みになります。
こういう世界を俗に修羅の国だなんていうわけですが、幻想郷の場合、それが人間じゃなくて
妖怪に萃まりがちになります。人間には寿命があり、安定性も低いのですが妖怪なら少なくても
数百年は生きてくれますから安泰という理屈です。すると、何が起こるのか。


たとえば人間の間で小競り合いが起こったとき、妖怪たちが出張る場合が出るということです。
そうなると妖怪たちが安定して公平に戦いをするってルールが必要になるのです。
お分かりいただけますでしょうか。これが命名決闘法案が生まれた理由のひとつです。
もちろん、それを開発するための予算を月面人への復讐に回した朝倉とか、あの辺の
裏事情はありこそすれ、最悪の状況を避けるための仕組みだと言うわけです。


幻想郷が成立当時に起こった小競り合いも実のところ、人間に祭り上げられた
妖怪たちが戦うしかないというトンデモナイ状態だったことが解っておりまして
実のところ人間が妖怪に虐げられているというより、当初より祭り上げられて
色々やられているというのが実態だったんじゃないかと思うところです。
それで妖怪たちの間で言われたのが修羅の国というわけです。


聖白蓮聖徳太子が今のタイミングで復活可能になったのは
幻想郷のルールが固まるのを待っていたという事情があります。
修羅の国みたいなところで、大きな求心力が生まれた場合、何が起こるかは
過去の歴史も顕界側のノウハウもありまして、そのそれぞれが
碌なことにならないことを指示しているものであります。


信仰を賭けた戦いをする際にはゆめゆめこの辺ことを頭の片隅に
置かれますと幸甚です。