○月 ×日  No347 駄目人間の宴


「痴漢に遭いたい」
朝倉がまたアホなことを言い出した。
朝、北白河がスカートの中を覗き見されたと騒いでいたら
この朝倉の一言で全員が静まりかえった。


北白河が「色っぽい服装を着たらきっと遭います」と言ったら
「それで遭ったら苦労しない」と返されさらに沈黙に包まれた。
そこに閻魔様がボスとの打ち合わせが終わって事務所に顔を出したら
朝倉が半泣きになりながら、縋り付くように
「閻魔様は痴漢に遭ったことはないですよね」と聞いている。
閻魔様は「あるわよ」と一言だけ言った。
朝倉はそのままの姿勢で微動だにしなくなった。


その日の晩、私は警察に朝倉を引き取りに行った。
泣きながら会社を出た朝倉はその後環状線をずっと乗り続けいたらしい。
「肩をたたかれたとき、ついに来たと思ったのよ」と朝倉の弁
現実は鉄道警備隊の職務質問だった。
無言で警備隊をはり倒し御用になったわけである。
警察の方にあやまり倒してどうにか返してもらった。


会社に戻ったのは深夜だったが、ボスが待っていてくれた。
ボスは「許してやってくれ」と私に謝った。
私も朝倉の行動原理はなんとなく理解できる。
妖怪であるが故に、愛する人と別れなければいけない者が
傷つきたくないために表面的な付き合いに徹したいというのはよくある話だからだ。
頭の中に何人かの顔が浮かんだが、寿命が長いというのは残酷だなと
思う月夜であった。