□月 □日  No112 甘粕の回顧録3


幻想郷の中でも特に大きな取引先のひとつに霧雨店がある。
今日、ここに一人の青年が入ってきた。
丁稚奉公に出させるには年齢的に遅すぎるが彼の頭髪や目を見てすぐに分かった。
彼は妖怪との混血で間違いないだろう。
おそらく実家に疎まれて住み込みの仕事をすることになったという按配だろう。


私の幼少の頃も丁稚奉公は普通に行われていた。
子供の時分隣に住んでいた友人が突然いなくなって泣いたこともあった。
親からは神隠しに遭ったとまことしやかに言われたものだったが、
今では一子一女を設けてたいそう羽振りの良い暮らしをしているらしい。
一般に丁稚奉公では10歳未満から奉公に出されて、それから20年くらい働いて
実力を認められると、暖簾分けをしてもらえる。
妖怪や人間との混血にとってこの構造は、立身出世のために有利に働く。


彼はよく働くしよく学んだ。最初は馬鹿にされたり苛めにも遭っていた。
しかし久しぶりに霧雨店にお邪魔したところいつの間にか手代になっていた。
他の丁稚奉公人に尋ねると、彼には物の価値を正しく見分けられる神通力があるという。
彼にかかれば偽物も瞬時に見分けてしまう。
謂われが重要視される幻想郷ではとても有利な能力だったのだ。


そんな彼がある反物に莫大なお金を出した。売りに来たのは兎の姿をした
かわいらしい娘だった。飢えているらしく頬がこけていた。
しかし彼は彼女の足下を見ずそれどころか家一軒買えるような大金を提示した。
これには皆が驚いた。 その反物がいくら美しい物でもそこまでの価値はないと思えた。
その日、彼は数日の暇を与えられた。 本人はあれは大変な価値のある物だから
あれくらいでも安いくらいだと主張していた。


私は上司にそのことを話した。すると上司は今すぐにその反物を言い値で購入しろと言うではないか。
これには私も驚いた。 小切手帳みたいな物を渡されて、そこにどんな値段も書いていいから
どんな手段を用いてもその反物を入手せよという。
しかも、寒空残る深夜である。幸い霧雨店は妖怪のための時間割に変わっていたため
なんとか辿り着くことはできた。


私が提示した額は、彼が提示した額のおよそ倍だった。
言い値とは言われたもののとりあえず絶対売ってくれる価格を提示しないといけないためだ。
そして相手は納得してくれた。家一件分の入金に昼間の出来事を知っていた丁稚たちは
皆腰を抜かした。私も腰が抜けそうになった。


この反物はすぐに会社に運び込まれた。
そのまま金庫に運ばれる。この反物が一体何なのかは解らない。
一つ言えることは、ただ何か大変なことが起こっていることは理解できた。
今後何事もないことを切に祈りたい。