□月 □日  No620  文明の痕跡 生きた証


古代、現代の人間達より遙か昔に文明を築いて大地に君臨したという月人たち。
彼らの痕跡は思いの外少なく、本当に地上に文明があったのかすら疑わしく思うときもある。
彼らの痕跡を覆い隠しているのは地殻変動と自然の力だ。


自然の力のすごさは隕石が作り出すクレーターをみるとわかる。
自然の力が及ばない顕界の月の表面はクレーターだらけになのに対して
地上は特別な機械やボーリング調査でもしない限りクレーターの存在を意識することは
ごく希である。


幻想郷で仕事をしていると改めて自然の力の凄まじさを思い知る。
治水が完全ではない幻想郷では大雨が降れば大水の恐れがあるし
山火事になれば妖怪たちが消火に当たらない限り際限なく燃えてしまう。
人々はこうした天変地異に対して「仕方がない」とある種諦めにも似た考え方を持っている。


月人の遺跡が満足に見つからない理由を朝倉に聞くと、結局は生命の浄化能力は
あっという間に文明の痕跡を消してしまうかららしい。
たとえばシロアリ。一般にシロアリは倒木を食べる生き物として知られているが
実はコンクリートに穴を開けることができる。
シロアリの体内より分泌される酸で数センチのコンクリートはものの数日で穿孔してしまうというのだ。


月人たちは地上を離れたとき自分たちの痕跡はいつまでも地上に残り続けると考えている節がある。
その証拠として不老不死にまつわる蓬莱の玉の枝をもらたらしてみるなど
いつまで経っても地上に未練たらたらな行動を続けている。
しかし、月人が去った地上はものの100年もしないうちに朽ちて無くなってしまったという。
永遠を標榜していた彼らは、実は儚い存在であることを思い知ったのではないだろうか。


当社にも月から持たされたテクノロジーが存在しているらしい。
もっぱら列車やスペルカードエンジンに利用されるそれら技術は、月人の遺跡からではなく
1000年前に月に攻め入った妖怪たちが持ち帰った物だったり、永遠亭のニート姫様の追っ手から強奪したり
なぜか亡命してきた月兎たちからもらい受けたりと様々である。
エレンのマジックショップではこうした月人たちの兵器や日用品が解析の日を待っているそうだ。
遺跡から発掘される物は保存状態が悪いことが多く、発動すると事故の原因にもなるのも理由のひとつらしい。


朝倉に人間もいなくなったらどれくらい痕跡を残せるのかと尋ねたところ、いいところ50年程度じゃないかと
いうことだった。 月人の半分くらい持てば御の字らしい。
自分たちの威光を永遠に残すというのはどうやら夢物語であるようだ。
すこし月人の気持ちが分かるような気がした。