□月 □日  No632 Intermisson5


「あなたは現人神、自分の立場を弁えたほうがよい」
目の前に現れた女性は、自分の衣服同様に場の空気とは釣り合わない美しい和服に身を包んでいた。


ついさっきまで私の周りには沢山の男達がたむろしていた。
よくあることだった。自分が起こす奇跡を利用しようと考えている人達であった。
その気になれば自分で排除することもできた。
だが、人間褒め煽てられれば気分がよいものだ。 
いつしか振り払う気も失せて甘美な言葉に身を委ねていたのかも知れない。
それが一瞬の油断だった。


世の中には奇跡が起こって欲しくない人もいる。
それを知ったのはいつのことだろう。
いずれにせよ、私を快く思わない人たちは目の前にいる和服の女性に悉く倒された。


私を刺そうとした刃物は蹴り上げれて天高く舞った。視線を銀色の刃物に泳がせていると
彼女は、そのまま倒れ込むように私を突き倒した。
一瞬遅れて頭上を風の音が横切った時には、女性が二人の男を同時に始末していたところだった。
男達が本当の敵に気づいた時にはすでに足払いを受けた男が一人転倒していた。
あらぬ方向に折れ曲がった腕を見たときには、まるでスポンジの空気が抜けるような音がしていた。
目の前に飛び散った血しぶきに気づいた時に、その男が自分を守るための楯にさせられたと確信した。


楯を退けたその先には両手に銃を握った女性の姿。
体勢を屈め鳥のように手を広げると、周りにいた男達は皆のけぞって
そのまま動かなくなった。



この日も奇跡を願う人々で神社はごった返した。
しかし人々の信仰は、力の源である八坂様にではなく自分に向けられていたことは重々承知していた。
自分の能力が日に日に弱まっていくのを肌で感じる。 今は意思疎通ができているが、それもままならない日が
近い将来来るであろう事も分かっていた。
そんな時、政府の人間と名乗る彼女が現れた。 
彼女は「コトヒメ」と名乗っていた。 多分偽名だろう。
「ヤサカ様は元気か」と聞かれて私はとぎまぎした。 自分にしか知覚できないと思っていた神の存在を
分かってくれる人がいると分かっただけで、胸がいっぱいになった。
そして程なくして異変は起こった。



今私にできることは、せめて亡くなった人があの世で幸せに暮らせるように祈ることだ。
コトヒメの手の者によって現場はきれいに清掃された。
だが、そこに残る呪怨のような臭いが辺りを支配していた。



私はこれからもこのような目に遭うのだろうか。
そしてこの日、私は幻想郷と呼ばれる土地の存在を初めて知った。