□月 ●日  No834 気が長い人材登用


顕界では不況で大騒ぎしている状況だが、うちの会社の人事部はにわかに活気づいている。
うちの会社みたいに、不況の影響を直接受けにくいところでは、解雇された人材の中から
掘り出し物を探す作業で大わらわとなっている。


ボスの話では所謂捨てられた人材の中では人の使い方を誤ってポテンシャルを落とされた
者が数多くいるらしい。 人間の働き具合は結局のところ本人のモチベーションに起因する
部分が多くあり、きっかけを与えてやるととてつもない能力を発揮することができる場合が
あるという。 場合と書いたのは誰もがそうだとは言えないためだが、こうした人財を
確保するのはこの時期こそとても重要である。


うちの会社の人材登用についてこういう出来事があった。
ボスが北白河を呼んでなにやら新聞を見せている。
横目で覗いてみると、そこはお悔やみ欄だった。弔電の手配のためのようだ。
そのときボスが朝倉に「そろそろだ」と言っていたのが妙に引っかかっていた。


数週間後、その疑問が氷解することになる。
私の父くらいの歳をした人物がうちの部署に配属されてきた。
所謂準社員や属託待遇ではない。歴とした正社員である。
その人と個人的に話をしたら、なんと新聞のお悔やみ欄に載っていた人の喪主だったという
ので大変驚いた。 長い間親の介護をしていたが、その生活にピリオドが打たれ
自分のことを考え始めた矢先にヘッドハンティングされたとのこと。
最初は何故自分がと驚きで一杯だったが、亡くなった人物の遺志と聞かされて
ここにやってきたという次第。 普通の会社ならまるで宗教の勧誘だが
本当に遺志を訊くことができてしまうのがうちの会社である。


若い男ではないとがっかりしたのは朝倉ではなくて北白河や浅間のほうであった。
朝倉は「妖怪基準ではこの年齢でも十分若い」と言って笑っていた。
魂魄が苦笑していた。
薬屋に依頼して若返らせられないかと冗談のような本気のような話で盛り上がった。
私に蓬莱の薬を飲ませようぜと言われたときはちょっと洒落にならないと思ってしまった。


あとで聞いた話では相当前からこの人物は目をつけていたそうだ。
ただ、前にいた会社も在宅介護のため十分な仕事ができなかったらしい。
全てが終わるのをずっと待っていたそうだが、なんと8年間待ち続けていたらしい。
何とも気が長い話だが、妖怪基準では8年程度8ヶ月の感覚だろうから
ある意味当然と言えば当然の帰結かも知れない。


その人物、すぐに幻想郷に馴染んでメイド長相手に老猾ぶりを発揮したじたじにしているそうだ。
あそこの無茶な要求を前に凄い話である。
個人的には本当の年齢不問を見たような気がして胸のすく想いがした。