□月 ●日  No119 甘粕の回顧録9


荒唐無稽な話であるが、我々が普段見ている月には知的生命体が存在し
我々が理解しがたい超文明が存在しているという。
そこには強力なバリヤーがあり、我々の侵入を拒んでいるというのだ。
元宇宙飛行士の証言だが、同じような話を何度か聞いたことがある。


私が会社を辞めてビアガーデンを開いたとき
うちの客が酒の勢いだろうかそういう話をしていて思わず耳を傾けてしまった。
月の都にはとある技術が眠っているという話だ。
それが常温核融合だ。 てっきりサイエンスフィクションの世界だと思っていたが
どっこい米は本気で常温核融合を研究していたというのだ。


本来核融合は莫大な熱と圧力があってはじめて可能となる。
核分裂にはつきものの放射能もないと言われている。
実用化されれば多くのエネルギー問題が解決する。
私はてっきり米は核融合の研究にあまり熱心ではないと思っていた。
石油資源で利権を貪る人々が黙ってはないからだ。


だが米はもっと別の理由で核融合研究をしていた。
それは我が国のようなあまり資源を持たない国が核融合で優位になることを
酷く畏れていたからだった。 もし彼らが核融合の技術を実用化したら
世界のパワーバランスは大きく崩壊する。
一番怖いのは知的所有権だ。もし我が国が知的所有権を独占したら
むこう100年は事実上我が国の影響下にあることになる。
もっとも本音を言えば彼らは白人によるエネルギー支配を望んでいるといったところだろう。
どんなに取り繕ったところで実際はそんなものだ。


しかしこの客はこうも続けた。
「そうしたら、軍のお偉方なんと言ったと思う?
 常温核融合の実現には鴉の力がいるんだとさ。空でガーガー言っている黒い奴だぜ
 とんだお笑いぐさだろう。」
どうやら常温核融合の研究と言うよりもオカルティズムの世界に踏み込んだようだ。
だがそれが大きな意味を持つことはかつてあの会社にいたからこそわかる。
あの国はすでにそこまで掴んでいたというわけだ。


そんな米の宇宙開発はヴェトナム戦争を境に大きく縮小することとなった。
常温核融合の技術を得るプロジェクトも大幅縮小されたと聞いた。
当然だ。オカルティズムの技術に多額の予算をかけたなぞ口が裂けても言えないからだ。
戦争の予算を一部月開発に充当したという話も聞いている。
それが戦争の泥沼化を招いたというのだから皮肉な話だ。


石油資源が枯渇する日まで常温核融合は永遠とお蔵入りとなるだろう。
真実に近づいていながらあの大結界の影響を受ける結果となったのは
人類の発展のためによかったのかどうか。
それは後世の評価を待つことになりそうだ。