□月 ●日  No843 幻想郷における人材派遣


冬もいよいよ厳しさを増し、そろそろカイロが欲しくなるこの頃。
この時期幻想郷で活動していると見る羽目になるものがある。
昼間路上で寝ている人々である。 衣服を見れば彼らが結界の外、
すなわち顕界から流れて来た人であることがわかる。
彼らはどうして昼間に路上で寝るのか、夜は寒くて眠れないからである。
この時期幻想郷にやってきた人はとても厳しい事態になる。


こうなると身につまされる想いがする。
助けようと思っても一人なんとかするのが精一杯だから見て見ぬふりするしかない。
はっきり言って宿無しにとって幻想郷はきつすぎる。
まだ、顕界のほうが食べるものはあるし建造物もしっかりしているから
プライドさえ捨てればまだ暮らすことができるのだが幻想郷では餓死を待つだけとなる。


以前こうした場合は天狗がやっている口入れ屋を紹介する手段があることを
阿礼乙女から聞いた。いわゆる幻想郷の人材派遣業である。
身元保証人になる代わりに、賃金をピンハネする商売で大手を振ってやれる商売ではない。
だが白狼天狗をはじめとした天狗達が副業でやっている場合もあるらしい。
外の世界から来た人は識字率が高いのでお金になるそうだ。


よく外の世界からきた人間が妖怪に気に入られてそこで働くようになったという小話があるが
実際のところそれはあり得ない。 以前うちの手引きで幻想郷に旅立ったカップルは
うちのボスが身元保証人になってはじめて幻想郷で商売ができたし、顕界から幻想郷に行って
そこそこ成功を収めた人は、確か身元保証してくれる妖怪との縁があって商売ができている。
紅魔館のメイド長は例外中の例外、ボディーガードとして腕が立つという理由で雇われたのであって
同じく腕自慢の美鈴女史と同様の理由で働いているに過ぎない。


路上で寝ている人も夕方になるとどうしても目を覚まさざるを得ない。
その人物に天狗達の存在を教えようと思ったら、巡回中の小兎姫に止められた。
いきなり開口一番「犯罪の片棒を担ぐな」ときたもんだ。
なんでも口入れ屋は半ば人身売買のようなやりかたで保証料を奪っているのだという。
もちろん例外もあるそうだが、ところ構わず紹介していい職業ではないそうだ。
いわゆるやくざもんの商売である。


小兎姫は当人に働くという意志があれば口入れ屋に辿り着くという。
余計な気を回さないで仕事に専念しろと言われた。
こうした生活に耐えられなくなって盗みを働く者が後を絶たないらしい。
年の瀬になるとこういう話ばかりが増える。 


街の外に行くと、顔色がいい妖怪たちを見かける。 聞けば路上で死んだ顕界の人間を
もらい受けに来たらしい。 言うなれば肉屋の世界である。
吐き気がするのを押さえるのにこっちは必死だった。
自己責任と言われれば聞こえはいいが、幻想郷に行ったところで生活も改善しなければ
結局野垂れ死ぬ運命は変らないというのが真実なのである。


逃避のために幻想郷に行きたい人は寧ろ不利になるまことを理解した上死ぬ覚悟できていただきたい。