□月 ●日  No969 ボスの回顧録


博麗霊夢が月から帰還して早半年となる。
想定された感染症思想改造の類もなく、能力面も特に問題はない。
月人の生活に何かしら影響されて少しはしおらしくなったのではないかと期待したが、それは贅沢というものだろう。
保険として招聘(しょうへい)した巫女を動かさなくて済んだのは幸いだと思う。


八雲紫の初期目標は達せられたようだ。
月から物を盗んだことはもっと別の大切な意味合いがある。
私たちが今、こうして月の民と対等に渡り合えるのは彼女のお陰でもあるのだ。
そして私たちは念願だった月の技術を合法的に得ることができるようになった。
これで人間たちが幻想郷に侵入しても当面は対等にやりあうことができるだろう。
八雲紫には感謝しないといけない。


もちろん月の技術を狙っていたのは私たちだけではない。
月の民は大きなミスを犯してしまった。 それは人間の科学力の進歩を舐めていたために起った。


人類が月人の存在を認識したのは月探索の時だろう。
月人にとって誤算だったのは異星生命体であると認識出来るほどに人類の科学力は発展したことだろう。
彼らは相当慌てたに違いない。 これまでなら神様などと誤魔化していられたものが出来なくなったのだから。
それは神と呼ばれた人々との新たな関係の模索だった。
しかし、月人たちは焦ってしまった。 よりによって無害なロケットを呪詛で追い返してしまった。
アポロという全く関係のない名前を冠して、自分たちの生活を脅かさないと約束していたのにこの有様だった。


戦争が起ると錯覚した月兎たちは地上へと逃れようとした。
彼女たちの存在が生命がいないとされていた月に何かが存在していることを証明してしまった。
多くの兎は月へと返された。一部は結界の外の世界にとどまり、そして一匹は今幻想郷で暮らしている。 


彼らの行動により、かえって月探索への機運を高めることになってしまった。
それでも今まで実行に移されなかったのは月人たちの時間稼ぎが功を奏したからだ。
だが結果的に月探索のコストを削減する結果となってしまった。
彼らは自分で自分の首を絞めてしまったといえる。


八雲紫が行動を起こすと知ったのは丁度そのときだった。
このタイミングを逃してしまうと、人間たちに月の技術やエネルギーが渡る可能性があった。
すでに人間はたくさんの観測衛星を月に飛ばす計画を立てていた。
ロケット実験の妨害はすでに限界にきていた。 
かくして八雲紫が計画した第二次月面戦争の火ぶたが切られることになったのである。