□月 ●日  No984 末期的人類の生活


月人との貿易額の相殺処理を行う。
一般的に月からの出費が出ないように調整するのがセオリーである。
だいたいの場合、こっちが欲しい物が高価になるのだが
なぜか今回少しだけ違算が出たので、差異分を現金で貰うことになった。


月人は現金主義である。テクノロジーが発達しているにもかかわらず重たい硬貨を未だ持ち歩く。
顕界ではカード決済が当たり前なのに不思議な話だ。
博麗の巫女がおひねりを拾おうとして綿月妹に窘められたと文句を言っていたのがどうも気に掛っていた。
とっくに生体認証などで現金なんて持ち歩かなくても大丈夫だと思っていたからだ。


月の都の経済形態は地上と大きく変わらない。
寧ろ昔の商売の方法を踏襲していると言っていい。
店はパパママストアばかりで規模が大きいところはまずない。
基本的に対面販売なのも特徴的だ。 全てが古いやり方である。


月兎に理由を尋ねたら、今時生体認証は流行らないと言われた。
寿命が長い月の民は、躰の交換など日常茶飯事のだという。
従って汎用的な躰を利用すれば生体認証が役に立たないのは当然だというわけだ。
また、躰を補修する仕組みも整備されているらしい。
大けがをしても一晩寝れば、傷口の大半は回復してしまうらしい。
まるでロールプレイングゲームだ。


セルフサービスではなく対面販売で売られる理由もここにあるようだ。
躰を交換される可能性があるから、お金の遣り取りも自動化されにくくなるのである。
なんともアナログだが、これでいいのかも知れない。


自分の躰もボロボロになったら再生医療で治療できるのかと尋ねたら
立場を弁えろと言われてしまった。 当然だ。
こっちは一応地上の民なのだから、再生医療なんか期待してはいけないのだった。
薬屋で糖尿病の治療をお願いするようなものだ。


差額の現金は現地で消費しろとお達しが来たので適当にお菓子などを買っていく。
食べると外の世界とあまり変わらなくておもしろみがなかった。
だが綿月姉にちょっとした警告を受けた。 地上の民が食べるには危険すぎるらしい。
すぐに治療できるためか発がん性物質の類は完全無視で、ただ味が良ければよいらしい。


仕方ないので残金はプールしておくことにした。
今度から食べ物の類は自前で用意しようと心に決めた。