□月 ●日  No1038 Count Zero


岡崎夢美は思案した。紅の吸血鬼たちを安全に月まで送り届ける必要があった。
それはすなわち自分が今ここにいる理由でもあった。


八雲商事の研究室。 複数あるうちの一つ。
傍から見れば鉄道研究所にしか見えないが、幻想郷との二層構造になっており
位相変化を行うことで本来の姿へと変わる。
まさに鏡を隔てた表と裏。 幻想郷へ流れる技術の前線基地である。


時計はすでに深夜を回っていた。 コーヒーを飲まないとそろそろきつい時刻だ。
寝袋で寝ている相方を横目で見ながら、しばし熟考する。


幻想の月へ吸血鬼一味を送り届ける方法は複数存在する。
ひとつは表側の月に乗り込んで可能性空間移動船で強引に転送してしまうやり方。
それは幻想郷へ行くための列車をそのまま移植するという荒技である。
これは博麗の巫女の安全云々以前にコストが掛りすぎるということで没になった。
もう一つは幻想郷からアプローチする方法である。 
これについては、割と目処が立っていた。 
しかし、これらの方法も全て没になった。 あくまでロケットでの移動が最優先だと
言われてしまったからである。
ロケットの推進力も目処が立たないのにどうするつもりなのかは疑問だ。
ただ、月の都に辿り着くための仕掛けは簡単だと思う。 それには理由があった。


夢美はほぼ解体が済んだ列車のフレームをのぞき見た。
ボスからこの列車を託されたとき、一体この列車の出所は何処なのか気になっていた。
列車は、いやこれは正しい表現ではないかも知れない。
これは一種の輿のようなものだ。


フレームの内側には細かく織られた布地が張られている。
それこそ、永遠亭の展示会で見せられていた羽衣そのものであった。
羽衣であると特定したのはつい最近のことだ。 複数あるうちの一反をちゆりが上手いこと持ち出してくれた。
しかし、そもそもあの展示会は我々が見ることを想定したものだったのではないかと今にして思う。
あの展示会がなかったらフレームの内側に貼られていた布はただの表面保護の為の布程度の扱しかなかっただろう。


元々、月兎が地上を占拠するにはある程度の頭数が必要である。
一応月側には月の羽衣と呼ばれる移動手段があるのだが、あまりに信頼性が低く
確実に地上に降りることができるか疑わしい。
ある程度の作戦行動に出るには大量移送手段が必要である。
つまりこの列車は月兎の軍勢を送り届けるための移動手段だったと考えるのが自然だろう。
すると一つの疑問が残る。 


何故ここにそんなものあるのか。
この会社に最初何があったのか
少なくてもゼロでないことは確かだ。
そんなことを夢美は考えていた。 今はまだ期待できる結論に至っていない問題である。


ある程度次の日にやることを書き出して夢美は仮眠を取ることにした。
寝袋は相方に取られているので仕方なく休憩室で暖房を炊きながら寝る羽目になった、
「贅沢は言ってられないか」
夢美は自分に言い聞かせるようにつぶやくとそのままの服装で眠りについた。