□月 ●日  No1209 トロイの木馬


「月兎が月に戻っただと、正気か?」


技術部に在籍する岡崎教授の話に魂魄は耳を疑った。
荒事を繰り返しながら必死に幻想郷に運んだ兎をあっさりと月の都に返したのである。
あまりといえばあまりの利用方法に魂魄はどうしても納得いかなかった。


「それが目的だから仕方ないじゃない。」
「なら聞こうか」


魂魄にとってコーヒーを飲みながら大したことも無いように答える岡崎の態度が鼻についたが
事情を聞けそうだと察した魂魄は椅子に腰掛け、しばし岡崎の言い分を聞くことにした。


「魂魄、月に行くにはどうすれば良いと思う。」
八雲紫の力を借りて行けばいいだろう、それでは駄目なのか?」


岡崎の問いに魂魄はふてくされたような口調で答えた。
幻想郷出身の魂魄にしてみればそれが模範解答と言えるだろう。
魂魄にとっては科学を利用したロケットによる飛行は非効率的に映った。
ロケットの利用はお金がかかるし、成功率から見てもあまり高いとは言えない。


八雲紫の力で侵入は不可能じゃないけど、管制に簡単に引っかかるわ。
 我々のリスクがとても大きい。 月側にいい印象を与えないしね、」


月面戦争なのに月側に良い印象なんて与える必要があるのか魂魄には疑問だったが
確かにそれでは、あっという間に察知され昔の二の舞であることは間違いなかった。
岡崎はなおも続ける。


「今まで月の都からの進入は「高天原」からの侵入しかないと思っていた。
 今回の観測で、もっと別のアプローチ方法があったことがわかったのよ。」


ここで魂魄も思わず手を叩いた。合点がいった表情を確認した岡崎にも笑みが漏れる。
岡崎はなおも続けた。


「月兎が持っている月の羽衣を我々も所持しているのは知っているでしょう。
 これまで使い方もどのような原理を用いていたのかもわからなかったわ。
 だけど月兎の帰還で方法がはっきりした。」


確かにこの方法なら月兎を尋問して聞き出すよりも遙かに効率が良いと魂魄は思った。
そして何より、幻想郷から月の都へアクセスしたい八雲紫の思惑とも合致する。


「そして、幻想郷からアクセスさせれば月を観測している米帝の連中にも
 察知されにくいわ。」


ここ最近、月面観測のために大量の衛星が莫大な予算を掛けて飛ばされていた。
一度は着陸した月。 それを何故か今頃になって観測衛星を展開させているのは
魂魄も知っていた。
米帝も月の都の存在は把握しており、しかも都が健在である事実を知っていた。
しかし都を観測するには決定的な手段を欠いていたのである。


岡崎が言いたいことは魂魄もわかった。  
あの月兎は最初から帰還させるための存在だったのである。
二重の結界だと地上に住む月人を欺いた理由を魂魄は理解した。


「それで目処は立ったのか?」
「もちろん、方法は長くなるけど便乗する目処は立ったわ。」


魂魄の問いに岡崎は自信に満ちた口調で答えた。
魂魄は安堵した。どうやら色々な犠牲を払った自分の行動は無駄ではないらしい。
そしてそれは次なるミッションへの移行を意味していた。


「いよいよ、あの人形を使うときが来たのよ。」


岡崎が目を移した先には、ゴミ箱の中身を袋に移しているVIVIT級アンドロイドの姿があった。