エーリッヒは満足していた。
圧倒的火力で、多人数の量産型を蹂躙する娘の姿をしたロボット「VIVIT」に。
八雲商事に、いやそこにいる朝倉理香子に「彼女」を預ける行為は正しかった。
朝倉理香子は短期間の間に「彼女」を付喪神(つくもがみ)へと押し上げた。
「彼女」こそ幻想の世界で闘うことができる存在であり、
科学だけでは説明不可能な戦闘能力を得る至った存在である。
これで、娘の奪還にまた一歩近づくことができる。
エーリッヒがVIVITに執着する理由は一つである。
全てはかつて起こったとある事故で「法界」と呼ばれる地に閉じ込められた娘の奪還であった。
長年に及ぶ研究の結果、「法界」から娘を救出するには「浦島子の遺産」が必要だと判明した。
「浦島子の遺産」1000年前に神と名乗るエイリアンと直接接触した娘が残したオーパーツと呼ばれる品物。
「宝塔」をはじめとした様々な品物の姿をしており、接触した人間に魔力と呼ばれる力を
与えるものであると言われている。
それはかつてと妖怪の味方をしたある高僧を法界へと閉じ込める為に用いられたものであるであるらしい。
エーリッヒは長年「浦島子の遺産」を研究してきた。
その結果、彼は思わぬ事故に見舞われた。
遺産は失われ、エーリッヒは片眼と娘を失った。
全ては絶望的であるかに見えた。
しかし「因幡兎」と名乗る人物から「浦島子の遺産」にはオリジナルが存在し
それが月の都と呼ばれる地にあるという情報が舞い込んできた。
すでに、CIAは月面に地球外生命体の存在を把握していた。
月面探査を目的としたアポロ計画の副産物だった。
米帝は敢えて人間を月に送り続けた。本来なら機械での探索で十分だったにもかかわらずである。
しかし、月の都は発見に至らなかった。 それが月面人が作り出したバリアによるものだと
わかったのはつい最近のことであった。
「ここまでは、因幡兎の言うとおりだなゲイツ。」
オールバックの髪型、口ひげを蓄え、片眼に義眼を埋め込んだ初老の男が満足そうな声で呟いた。
彼こそはエーリッヒ博士。今や付喪神となった「VIVIT」の生みの親である。
「まさかここまでとは思いませんでしたが、これなら月面都市に持って行けるでしょう。」
ゲイツと呼ばれた空軍の制服に身を包んだ男が答えた。
*
「何故、お前がここにいる。メイベル。」
阿礼乙女に促されるがまま月面行きの列車に乗り込んだ魂魄を待っていたのは深紅のドレスに身を包んだ人形であった。
かつて魔界に住んでいたアリスという娘がコントロールしている人形の一体である。
その中でもこの人形はコントロール不能になってもある程度の自立運転も可能な虎の子の一体であった。
「聞けば魔理沙もロケットに乗っているって言うじゃない。何故私に言わなかったの?」
人形はかなりきつい口調で魂魄に食って掛かってきた。
すでに霧雨魔理沙と博麗霊夢を乗せた吸血鬼のロケットは順調に月の都目指して飛行している。
吸血鬼は月の都を侵略すると息巻いていたが、それが不可能に近いことをアリスは知っていた。
「知るか、あの魔法使いの意志だろ。」
魂魄は憮然とした口調で答えた。
「あなたは博麗の巫女を連れ戻すのが目的なのでしょう、私は魔理沙を連れ戻すってだけよ。
利害は一致しているわ。」
魂魄は何も答えなかった。
なぜなら、魂魄に課せられた使命は博麗の巫女の奪還ではなかったからである。
もし彼女に本当のことを話したらどうなるか。
かつて魔界に伝わるグリモワールを持って大暴れした彼女である。
博麗の巫女も隙間妖怪もいない今、彼女を止められる者はほとんどいなかった。
「なら、決まりね。」
そんな魂魄の思いとは別に勝手に納得したアリスの端末であるメイベルは小躍りしながら
列車の座席へと戻っていった。
「全く面倒なものに巻き込まれたものだ。」
魂魄は同じく座席に腰掛けながらそう毒づくのが精一杯であった。