一基のロケットと二輌の列車は空間軌道を蛇行しながら一路月へと向かう。
ロケットは既に一つが切り離され、崩壊しながら落下していった。
全ては予定通りに進行していると言える。
「おっかしいなあ」
全てが順調に機能している計器類を見たメイベルが唸っていた。
「なんだ、順調じゃないのか?」
魂魄は退屈そうな声を上げた。
「私の計算だとそろそろ敵も気がついて空間軌道が崩壊するとか穴が空くとか
起こる筈なんだけど。」
メイベルの疑問はもっともである。
これだけ大きな質量の物体が空間軌道を飛んでいれば月側も気づかないわけがない。
何かしらの方法で認証を行うなどアクションがあって然るべきである。
だが、実際はそういう素振りすら全く見せなかった。
何も起こらなすぎたのである。
*
「ところで、月に向かって侵攻中しているはずのロケットに何もアクションがないなんて
月の都も相当のアホだなあ。」
霊能局内にある取調室、カツ丼を頬張り幸せそうな顔をしている月兎を外から見やりながら
八海山辰巳は呆れたような声を上げた。
二人の月兎はそれぞれ別の部屋で一応の取り調べを受けていた。
もっとも取り調べらしい取り調べなどは殆ど行わず、あるのはただの雑談ばかり。
拷問するわけでもなく、薬に頼らず、外との連絡だけを隔絶しただけで、拘束も解いてしまった。
これは有江のアイデアだった。
八雲商事在籍時に、彼女たちの行動原理をすでに叩き込まれていた有江は月兎を懐柔する策に出た。
旧ソ連で行われていた、スパイ養成システムにも酷似したこの手段は、徐々に相手の思考を麻痺させていく。
与えられた食べ物をこのように食べるようになっていたのは、有江のプランが順調に効いていることを
示す所作でもあった。
「いずれにせよ、空間軌道をどうにかするのは無理よ。」
八海山が声のする方向へ視線を向けると、煙草を吹かしながら取調室前に設置された椅子に腰掛けている
有江の姿があった。
「現在、世界各国の人工衛星が月を注視しているわ。表向きは観測目的ってことになっているけど。」
「どういうことだ?」
「つまり、穴を開けた瞬間に月の都が観測されてしまうのです。」
八海山の問いに片方の取調室から現れた、櫻崎が二人の会話に割って入ってきた。
二人の視線が櫻崎が注がれる。
「今、月観測ブームって触れ込みで月へ大量の人工衛星、アマチュアの観測機器が月に向けられているんです。」
「敵の攻撃手段は、相手を真空状態下にある顕界に送り込んで手を掛けることなく斃すことにあります。」
「でも巨大な質量を転送するときは結界に大きな穴を開けないとなりません。」
八海山は合点がいったとばかりにぽんと手を叩いた。
「そうか、巨大質量を送り込んだことが観測されれば月の都を構成する論理結界が崩壊するのか」
有江は無言で頷いた。
月の都は観測されないからこそ、幻想の世界に存在する”存在”として機能する。
そんな月の都が観測されれば、それは 現実の世界に”存在”する建造物となる。
それは同時に顕界のルールに従わないといけないことを意味する。
月に向けられた観測機器は、そのまま月の都にとって致命的な武器となっていたのである。
「敵は月の都での迎撃を決断すると思われます。月兎たちはこちらの意図を探るためにやってきたと思って間違いないです。」
櫻崎の話は全ての事象を説明するには十分であった。
おなかがいっぱいになって転た寝を始めた月兎たちを見ながら、八海山は思わず唸るしかなかった。