□月 ●日  No1489 通信手段


旧地獄奥深く。
そこに急造されたまだ新しい巨大テントが設営されていた。
カクタスカンパニーのロゴが書かれたその中には大量の機材が唸りを上げているそこでは
法界アクセスのためのシーケンスが着々と進行していた。


「やはり現状では、法界へのアクセスは敵わぬか。」


未だに表示されない映像を見てエーリッヒは嘆息した。
法界へのアクセスには月からもたらされた通信装置が必要だ。
事故によって破壊されたそれがなければアクセスは容易ではない。
地底深く法界の近くまで近寄れば法界の観測はしやすいと踏んでいたが、
実際は甘くはなかった。


「娘を捕らえているのは聖白蓮で間違いないのか?」
「ああ、ナズーリンと我々が集めた通信装置の力でどうにか得た情報だ。 間違いはあるまい。」
「俺の店を破壊したんだ、理由はきちんと話してくれるのだろうな?」


エーリッヒの横で、丸いサングラスを掛けた妙齢の男が問いかける。
甘粕・バーレイ・天治。 元八雲商事社員であり、今は黄昏酒場のビアガーデンで店を経営している。
そのビアガーデンは成り行きとはいえエーリッヒの私兵によって破壊されてしまっていた。


「例の事故のことを覚えているか? 甘粕よ。」
「お前が魔法の力を用いてカクタスエネルギーを制御しようとして失敗した件だな。」
「なんだ、この嫌みのような台詞は。」
「事実を言ったまでだ。 お互い失った物は大きすぎた。」


カクタスエネルギー、それは大量の熱量を生み出す核エネルギーに代わる新技術である。
月に住むという兎型のエイリアンがもたらしたこのエネルギーはその存在こそ知られていたものの
実用には程遠い代物だった。 
炉心をエネルギーフィールドで包み炉を安定させる構造がどうしても解明できなかったのである。
フィールド無き炉は常に炉心融解の危険を孕んでおり、その点では原子炉と殆ど変わらない欠陥があった。
魔力エネルギーは炉のサイズを小型化し、容積減少による熱量のコントロールど同時に実現するものだった。


しかしその道のりは平坦ではなかった。
実験の失敗で、エーリッヒは娘を失った。いや、正確には語弊があることである。
エーリッヒの娘は法界と呼ばれる空間へと吸い込まれてしまった。
エーリッヒはてっきり娘は亡くなったものだと思っていた。
が、捜し物が得意というネズミの姿をした妖怪に娘の居場所を尋ねたところ驚くべき回答が帰ってきたのだ。


"彼女は法界の中でまだ生きている。"
"法界の中にいる聖白蓮という人物と共にいる"と。


エーリッヒは待った。月兎が地上を訪れるタイミングを。
法界へのアクセスのためには月からもたらされた通信装置が必要だった。
当時の通信装置は事故で失われており、どうにかして替えの装置を探し出さないといけない。
故に、エーリッヒは月兎を奪取しようとした。
事情を知らない魂魄妖忌ではなく、もし甘粕がこの件に関わっていたら無駄な戦闘は避けられただろう。
しかしエーリッヒは運が良かった。魂魄が甘粕に頼ることで今回のプロジェクトに一定の目処がたったのである。


「我々に出来ることは待つことだ。」


エーリッヒは端末を叩きながらも静かに言った。
一部修理された通信装置は相変わらずエラーを吐きだしている。
そこには月の言葉で刻印が成されていた。「レイセン」と。