月の都沿岸部。
対峙した月の都の民の前に博麗の巫女は追い詰められていた。
元はと言えば吸血鬼の考えた遊びに乗っかったつもりであったのだが
今度ばかりは退治されるのは自分だという感覚があった。
異変を起こしたのは自分たちであるのなら退治されるのは当然である。
それが彼女の不文律だった。
巫女はあの隙間妖怪から教わったあるカミを呼び出さないといけなかった。
自分は退治されるべき存在であるなら彼らにその理由を与えるのが責務であるとさえ
考えた。この月の民ならおそらく自分が呼び出したものにも対処できると思った。
故に、博麗の巫女はあの「大禍津日」を投げた。
そして、月の民は博麗の巫女の願い通り、「大禍津日」の札を切って捨てた。
素晴らしい剣技は巫女が投げた弾幕を悉く打ち落としたのだ。
それは皆の願い通りであった。
そう、ありとあらゆる立場の人間の。
*
「始まった。」
自分の背中で増殖を続ける妖精たちを背に朝倉理香子はほくそ笑んだ。
博麗の巫女は「大禍津日」を呼んだ。それは穢れを生む者である。
だが、穢れには大切な意味がある。 それは死によって生まれる循環を生み出すこと。
循環を断ち切られたものは増殖し続けるしかない。 破綻するまで。
*
綿月豊姫は気づくべきだった。勝利に酔いしれ相手の本当の目的を完全に見失った。
あの月の頭脳でさえ、彼らの動きは完全に予測できていなかった。
情報(データ)がなければ頭脳でさえ、ただのポンコツであることを綿月豊姫は
忘れている。
綿月豊姫は気づくべきだった。あの吸血鬼が波打ち際で遊んでいるとき、
その波が大きくうねっていることを。
綿月豊姫は海を司る神であった。故に彼女の頭には正常化バイアスが掛かっていた。
もし豊姫がこの段階で海の向こうで起こっている真の異変に気づけば
あるいは姉を呼び戻し対処をすることができたであろうと。
博麗の巫女は十分役目を果たした。彼女は地獄の釜をほんの少しだけ揺らしただけに
過ぎない。過剰反応して蓋を開けたのは月人たちだった。