□月 ●日  No2104 衛星トリフネ


「何なのよ、ここ完全に化け物の巣じゃない。」


儚月抄プロジェクトの副産物として切り離された貨車の一つ 「トリフネ」と呼ばれた格納庫に
降り立った小兎姫は、呆れた表情で呟いた。
中はまるでジャングルのように妙な生態系を織りなしている。
酸素濃度が高すぎるのだろう、節足動物が巨大化しており大型になったネズミを補食している。


月面戦争で、月面を自らの都合の良いように変えるという楔。
それがこの船に課せられた使命だった。
人間や妖怪にとって都合の良い環境に変えること。
それはここに住んでいた生態系を破壊することを意味する。
その意味ではこの船の中身は一種の爆弾と言っても良い代物だった。


「しかも、ここはとても危険だ、変に魔力まで満ちている。」


そう言うのは珪素妖怪 草蓮である。珪素と金属で構成されたこの妖怪は自分の意志により様々な
乗り物へと変身が可能である。もちろん、燃料が必要であるが。


襲いかかる妖怪とも生き物かも分からないような代物を掻き分け、2人は進んでいく。
情報が正しければ、変な法術でここに紛れ込んだ2つの特異点を割り出すことが可能だろう。
このトリフネ、最初は回収しようという話もあったが、予算的にそれは無理だと言うことになった。
さらに、月面から鴉数匹を送り込んだところ、中で奇妙な生態系が形成されてしまっており、
下手に入り込めば危険という結論に達してしまった。 手っ取り早く墜落させて燃やすことも
考えられたがここまで巨大な代物を落とせば結局地上に何らかの被害が出るのは必定だった。


特異点は確かにここなのだけど。」


そこには何とも言えない人間とも妖怪ともつかないような生き物がいた。
明らかにアストラルトリップを行っている人間である。


「こいつか。」


話は数日前に遡る。
トリフネ内をアストラルトリップを使って侵入している2人組が居るという通報が
月の都から出されていた。万が一、2人組がこのトリフネを用いて月面に侵入しようとするなら
侵入者を実力で排除して欲しいというものである。
草蓮は、2人をどうにかして捕まえようと試みる。変形を繰り返しながら2人を捕獲しようとするも
ちょこまかと動く2人を捕らえるのは難しいようだ。 


「ちょっと、草蓮なにやってるのよ。」
「いや、こいつら、本当すばしっこくて。 あっこらまて。」


草蓮は未だに情けない姿で2人を追っていた。その姿の滑稽さに小兎姫も思わず笑みが漏れる。
草蓮は2人を視界に捕らえ、身体のバネを全力で利用して飛びかかった。その姿はまるでかつての
肉食ほ乳類にも酷似している。
いや、身体をねじり、2人を他に突き飛ばしたというのが正しい。
目の前に現れた脅威から2人を庇った格好になった。
吹き飛ばされる2人を小兎姫が受け止める。
思わず倒れそうになるが、アストラルトリップを用いている相手だけに質量を感じることはない。

「なんだあの怪物は。」


まるでゾウのようないや、この生き物を敢えて言うなら、過去の生物「ゴルゴノプス」だろう。
ペルム紀に地上を支配したと言われる肉食ほ乳類型は虫類だ。
草蓮も負けていない。人形の鉄人形に変形した草蓮は、右腕のチェーンソーで応戦している。
もっともそれで十分なダメージを与えているようには見えていない。


小兎姫は懐からスマートフォンを取り出した。コードを手早く入力、空間から武装ボックスが落ちてくる。
一種のスペルカードの一種だ。ここでスペルカードを使うのは自殺行為だが限定火器ならまだ利用可能だ。
武装ボックスから取り出した小型拳銃は小兎姫の目の前で組み立てられ、アサルトライフルへと
変貌を遂げる。


「そこをどきなさい。」


前進しながら、草蓮と組み合う生物に銃弾を浴びせかける。肉が飛び散り、地面へと落下する。
何発かの銃弾を受けてようやく、この謎の生き物は動かなくなった。
しかし、すぐにその場を離れないといけないようだ。この動かなくなった生き物を餌と認識した
他の生き物が近づきつつあった。


小兎姫は距離をとりつつ、草蓮が突き飛ばした2人の特異点を探す。
2人の姿を認めたときには既にアストラルトリップの時間制限切れを起こしているのだろう
姿が消えつつあった。
あの2人 どこかで見たようなと思いながら。




「って事件が結構前にあったのよ。」


茶店の一室。女子会という名の愚痴の言い合いをする2人のうらわかき?女性の姿があった。


ソーダフロートを飲みながら小兎姫は朝倉に愚痴をこぼす。
あの後は本当に酷かった。2人を保護して取り調べをしようとしたが、結局作戦は失敗。
草蓮に残っていたレコーダーのお陰で不可抗力として取り扱って貰うも、アサルトライフル
壁面を薙いだら大事故だったとこってり絞られた。


朝倉は、最初は黙って聞いていたが、2人の特徴を聞いてぽんと手を叩いた。


「あーたぶん、それうちの不良社員じゃないかしら。」


「はあ?」
あまりといえばあまりの反応に小兎姫は絶句する。


秘封倶楽部とかいうサークル立ち上げててアストラルトリップで散々騒いだって
 社内ネットで書き込んで炎上していた娘がいてね。」


「はあ?」


「大事故確定のことを散々やっていたから目を離すと危ないって言うんでうちの会社で
 引き取っているのよ。」


「はあ?」


あまりと言えばあまりの発言に小兎姫はただ絶句するしかなかったのであった。