△月 □日  No489 火の用心


この時期になると、夜の幻想郷に「火の用心」の声と拍子木の音が響き渡る。
よく言われる「マッチ一本火事のもと」とやるあれだ。
幻想郷の建物は木造が殆どでしかも耐火部材なんて物はコストの関係で殆ど
利用されていないので、一度燃えると際限なく燃える。
外の世界でよく使われる石膏ボードや耐燃壁紙やカーテン、キッチンパネルの類はない。
最悪の事態にならないのは妖怪の火消しがいるためだが、ちょっとした失火が
すぐに大火事になるのは困った話である。


火を扱う妖怪たちは大変気をつかって生活している。 間違って延焼させないか
制御にも気を配るし、暖をとらせてくれと頼んでも絶対「うん」とは言ってくれない。
メトセラ娘が冬服に拘るのも結局のところは炎の高度な制御の賜らしい。


しかしながら幻想郷であっても火災はまったくなくならない。
結界の外では、火災原因の一位が放火によるものであるが、幻想郷においてもそれは
同じである。 もっとも幻想郷ではマッチやライターではなく火打ち石を使うことになる。
そして、放火の犯人は殆どの場合人間だったりする。


この日街の一角で火災が起こった。半鐘の音で嫌が応にも目が覚める。
野次馬根性で現場に向かうと、真っ先にかけつけたのはなんと炎を扱う妖怪たちだった。
余計に延焼するのかと思いきや、彼らは力を合わせて燃え広がる方向を制御しだすのである。
魔法使いたちが雨を降らせるために術式を組んでいる間、彼らはそうやって時間を
稼いでいたのだ。 


火災現場にメトセラ娘の姿が見えないので何処にいるのかと聞いたら
火もとに飛び込んで要救助者を捜索する彼女の姿を見つけた。
ほどなくして火傷をしている少年を抱きかかえて、薬屋のいるところへ疾走していった。
彼女の隠れた努力を垣間見た気がする。


雨が降り、火災が収まったところで犯人が捕まったのは夜も明けてからのこと。
捕らえられたのは中年男性。 愛憎のもつれから放火に至ったらしい。
放火は幻想郷でも重罪である。 打ち首に遭うか、人柱になるかどちらかになるだろう。
この点は結界の外も幻想郷も変わらないといったところか。
ちなみに火災で焼失した家については、名主さんが何とかするので私の出番はない。


最近、寒くなって色々暖房器具を扱うことが増えてきた。
くれぐれも火事には気をつけたいものである。