△月 □日  No488 天狗と情報戦

私と朝倉で鴉天狗に会いに行く。 鴉天狗にすれば本当は朝倉にだけ
用があったのだろうが、私が間に立つことで取材を許可する形がとられた。
正直に話、今日ほど緊張感に晒された日はない。


鴉天狗の狙いは、月面戦争に関する情報収集であろう。 
ボスから事前に聞かされた話によると、鴉天狗は独自路線で事の成り行きを見守る
ことにしたらしい。 良くも悪くも日和見といったところか。


鴉天狗は自分が知った特ダネと引き替えに情報提供するようにと申し出た。
どうするのかと視線で合図を送ると、朝倉はあっさりと鴉天狗に向かって
「死にたくなかったら、先に内容を教えるべき」と言う。


鴉天狗は散々もったいぶった挙げ句、「隙間妖怪が月面戦争を仕掛けようとしている」と
語った。 なんのことはない。我々の情報が劣化して伝わった物であった。
私はもちろん表面上は驚いて見せたが、朝倉は鼻で笑うばかりである。


鴉天狗は朝倉にも話が行っているはずだと言う。 中間管理職狐が
朝倉に月面戦争に参加するように話をしているはずだという。
その時期、朝倉は結界の外にいたのだから連絡をとるのは難しいはずだと思う。
鴉天狗の質問を簡単に躱す朝倉、私の出番は無いかと思われた。
がしかし、突然鴉天狗が土下座しだして
「月人たちが飲むという新作のお酒を試飲させてくれ」と叫んだではないか。
私は内心コケた。 


鴉天狗曰く、月面戦争が終わったら月人と一緒に飲み会に決まっているから
きっと新作のお酒も入るはずだというのである。
そして宣伝するから、新しいお酒を飲ませてくれと懇願してきた。
私が間に入った理由がわかった。 商品説明要員らしい。


結局鴉天狗の前に新作のお酒が持ち込まれた。
次から次へと試飲する鴉天狗、そして一言「濃すぎる」と漏らした。
重力の少ない月環境では、舌への刺激も減ってしまうので、全体的に濃口になってしまう。
そのことを説明すると「やはり、月で飲まないと駄目か」とがっかりした表情になった。
本気でお酒の情報収集の為だったらしい。


取材が終わって、朝倉に月面戦争のことを聞いたら、
「密かに計画しているナンパツアーのことじゃなくてよかった」と漏らしていた。
そんなものを計画していたのか。 もう駄目猫の上司。