□月 ●日  No694 天人と極楽浄土


商売をしているといろいろな情報が耳に入ってくるようになる。
その中で最近ホットな話題となっているのが天人達だ。
なんでも天人の娘が家出をしたのだというのだが、元々暢気すぎる天人達は
どうせすぐに帰ってくるのだろうと探しもせずに放置しているのだという。
あくまで噂であるが、それはそれで冷たい話だ。


魂魄に言わせると、天人というのは極楽浄土に棲むことができる存在だという。
そもそも極楽浄土とはどういうところかと聞くと、一切の無常から解放された地であるらしい。
無常とは変化することであり、人間が成長し歳をとり老いることも人間関係が変化し続けることも
すべて無常であるという。 お互いにとって良い状態が永遠と続かないこと。これも無常だという。
極楽浄土とは無常から解放されたすなわち変化しない世界である。 
それは自分自身もそして取り巻く世界も変化しないという意味である。


幻想郷とて無常の世界とも言える。
幻想郷は結界の構成からすでに変化することを前提にした設計がなされている。
幾ら永遠を標榜した人物が現われても、その人物の周囲が変化すれば
その人物の総体もまた変化し続ける。
変化するのは別に悪いことではない。むしろ変化しないことが不自然だというのが
魂魄が常日頃から一貫して言っていたことだ。


過去自ら天人になろうと目指した人々が居たそうだ。 月人であるという。
月人は天人を目指して変化しないための様々な方策を打ち出した。
月人は変化の理由を穢れであると考えているようだが、そもそも変化しないようにすること
自らの存在を永遠にするという「欲」が天人への道を遠ざけている事実に気づかないで居たと言える。
彼らは天人の外見を真似、建築物も文化も真似、ついには月という場所に至ったが
最後まで天人にはなれなかった。


そして変化を望む天人は所謂「天人くずれ」となる。
魂魄は天人くずれの存在が天人を破滅から救う「救世主」であるという。
変化しないということは歪みが生じていても変化しないことを指す。
その歪みはいつまでも変化しないで残っていれば、所謂極楽浄土では何も起こらないとしても
変化し続ける世界では大きな影響を残してしまう。
だからある一定期間ごとに天人くずれがガス抜きをするのだという。


魂魄は天人が異変を起こすのを邪魔してはいけないといっていた。
もし異変を起こす天人を見つけたら真っ先に報告して、その人物が
これから行うことを観察せよと言っていた。
「警察が豚箱に入っているし、何も分かっていない隙間が改めて罰を与えるかもしれないが」
とも言っていた。


朝倉がいつの間にか横にいた。
一言「隙間は地獄耳だ気をつけろ」とだけ言って帰って行った。
魂魄も嘆息して机の書類を整理し始めた。
要するに、天人が見つかっても保護するなってことらしい。 
こういう光景を見ると何ともやるせなくなるものだと思う。