「誰がそれに乗れと言ったかしら」
列車に乗り込もうとした三人を少女が制した。
追っ手を振り切り、地下鉄の線路に辿り付いた「魂魄」「甘粕」「月兎」の前に現れたのは
4輛編成の列車であった。
時間がなかった。魂魄は月兎を逃がすため吹き抜けから落ちてきたパイナップルを
破裂しないように両断してしまっていた。 爆発しない手榴弾に気づかない連中ではあるまい。
恐らく、地下を封鎖しにかかるはずだ。
だが、彼らの作戦も限界がある。線路を爆破すれば弁明しないといけなくなる筈だ。
少女は上を指し示した。 そこにはエアーダクトがあった。
「棺桶には乗るなって事か」甘粕が唸った。
三人がダクトをよじ登ると追っ手を塞ぐように列車が移動を始めた。
月兎は理解した。 この列車はあくまで囮に過ぎないのだと。
そのまま列車を追ってくれれば有り難い。
両手両足を巧く使ってダクトの中を上がっていくとやがてダクトの勾配はゆるくなり、
なんとか座れるだけのスペースを確保することができた。
絶体絶命の状況は変わらないが、魂魄にとって希望はあることははっきりした。
我々の囮になっているであろうあの少女こそ、今回のプロジェクトの総責任者なのだ。
恐らく彼女は囮になりつつも援軍をこちらに派遣するであろう。
*
冴月は毒づいた。
幻想郷へ旅立つ前にきちんと事前調査をやって欲しい。と思った。
彼女の眼前にはつい数時間前まであった神社跡があった。
神社を依代にして封印していた怨霊のなんと多いこと。
これらを処理しないといけないと思うと気が重い。
米帝から取り寄せた捕獲装置を試そうかと思ったが、
機構が複雑すぎて遣う気が起きなかった。
今持っている得物なら怨霊を射貫けばよいが、これは一度怨霊を縛りつけてから
捕獲用の罠まで運ばないといけないらしい。
プロジェクトの開始まで時間がなかったことは認めるが
今回の引っ越しはあまりに性急すぎだと冴月は思う。
聞けば、ここの神社の巫女を半ば無理矢理説得して移動を促したそうではないか。
どこかの馬鹿がしびれを切らしたお陰で、そこに向かうための口実ができたとはいえ
後の処理は誰がすると思っているのだろう。
冴月にとって怨霊処理など射的の的当てみたいなものである。
身の危険を察知した怨霊たちが冴月に襲いかかるが、単調な動きの彼らを避けるのは造作もなかった。
一匹づつ踊るようなステップを踏みながら一匹づつ怨霊を射貫いていく。
彼女の持つ銃は「送還銃」と呼ばれるものである。 賢者から託された特別な武器であった。
この銃で射貫いた者は幻想送りとなる代物である。
その特性や扱いにくさ故に冴月しか使いこなせない曰く付きの銃であった。
粗方片付いてほっと一息入れようとした矢先だった。
冴月のもとへ緊急通信が入った。相手は銃を託した賢者であった。
兎を射貫いてほしいという依頼を聞いた冴月はもっと不機嫌になった。
自分が何者か、もう少し配慮して貰いたいものだと思った。
いや、賢者はわかって私に依頼している。 それがどうしても腹立たしかったのだ。
冴月は陸路その現場へと足を向けた。
気乗りする内容ではなかったが仕方なかった。
事態は一刻を争う物だったからだ。