「そちらに境界型妖怪が向かっている 注意しなさい」
地上に出た魂魄、甘粕、月兎の三人を出迎えたのは携帯電話からの通信であった。
境界型妖怪とは、妖怪が棲まう土地「幻想郷」とこの顕界両方に出没する妖怪のことだ。
妖怪の運動能力を有していながら外の世界の情勢にも明るく、どちらの常識にも適応できる。
それはある意味魂魄と同型の人間である。
とにかくこの場を離れないといけなかった。
少し移動すれば幹線道路がある。 そこを走る車に飛び乗れば一般車両を楯にとりあえず移動できる。
だが、それは許してはくれないようだった。
道を遮るように濃紺のフードを着た女性が道を遮ったからだ。
彼女が電話で警告された境界型妖怪で間違いないだろう。
(一番厄介な奴が来たな)
魂魄は毒づいた。 自分の記憶が正しければ彼女は甘粕では手に負えないと確信した。
最初にしたことは甘粕に二人で逃げろと指示することだった。
二人が逃げる時間を稼ぐため、少女に弾丸を浴びせかける。
ハンドガンの弾など彼女に当るはずがないが若干の牽制にはなる。
その隙に魂魄の意図を読んだ甘粕と月兎は人間離れした高さで跳躍した。
そのままトラックの荷台へと吸い込まれる。
だが、魂魄はもう一つの異変に気づいていた。 二人追う白い影があったことを。
魂魄は自分の刀型の端末を影に向かわせた。単純な命令を与えてある端末システムだ。
もし、魂魄の記憶に誤りがなければ、この戦法で間違いないはずである。
一方魂魄と少女は睨み合いを始めた。 少女は近代兵器の類は持っていないようだが、そうした妖怪は
逆を言えば白兵戦に自信があるとも言える。
一方端末体は刀身が割れてまるタコみたいな姿へと変貌する。 目指すは二人を追った白い影。
睨み合いを続ける少女の顔が一瞬歪んだ。 恐らく端末がいろいろ旨くやったのだろう。
だが問題はそこからだ。 激昂した彼女を止めるのは非常に困難だ。
魂魄がフェイントのつもりで放った銃弾はまったく当てた感じがしなかった。
そのまま携えた別の剣で少女に斬りかかる。 少女は身をよじらせてそれを躱して見せた。
当てれば大きな打撃を与えられる刀だが、こう躱されると隙が多い。
何発かを腕に受けつつ魂魄はすぐに距離を取った。 それでも発剄(はっけい)で内蔵を破壊されるよりは幾分マシだ。
だが白羽撮りでもされて刀が破壊されそうだった。
(なら、これでどうだ)
足を狙った少女の襲撃を、刀の束で防ぎつつ、魂魄はスペルカードシステムを実行に移した。
たちまち魂魄の目の前に論理構築された大量の刀が整然と並ぶ。
一方魂魄の目には、触手の戒めを破ろうとする白い影の姿があった。
時間稼ぎにしかならないと思っていたが、早すぎる。
だが、この刀はどうだろう。嵐を呼ぶ論理剣「対向刃(ツムカリ)」に手をかけた。
対向刃は不定形の刀である。 斬撃というよりは風を引き起こすのに近く、
まるで天狗が持つ扇子のような特性を持つ。
実体化した刀で少女の掌底を防ぐ。だが、次の攻撃をするときには対向刃はまた姿を変えるのだ。
一撃の威力は少ないが、最大の目的は別のところにある。
攻撃は確実に白い影の容積を減らしていった。
この白い影は彼女の本体というわけではないが、彼女の弱点であると言われる。
将を射んとせばまず馬を射よを魂魄は正確に実行した。
何とか影の動きを封じたが、依然有利な状態とはほど遠かった。
彼女は巻き起こる風に身を任せ移動を繰り返していたからだ。 これでは十分な打撃を期待することはできない。
だが、斬撃の間の呼びかけは効果があるようだった。
どうやら彼女は月兎を捕らえることで、とある重要なアイテムを探す手助けをして貰いたいらしい。
お互いが肩で息をするようになり、どうにか引き分けに持ち込むことができそうになった。
引き分けで済むようになったのは、彼女が探す物を手に入れるためにある方法を提案したからだ。
「あっちこっちの事件に首を出すというあの巫女をするのはどうだろうか」と持ちかけると戦闘が中断したのである。
こちらからは利用するために必要な能力カードを無償提供すると持ちかけると少女は、しばし悩んだ後
承諾してくれた。
彼女の名は雲居一輪と言うらしい。
カードは朝倉が作ってくれることになるだろう。 白い影をどうするかで悩みそうな気がするが
それは彼女のスキルに期待すればよい。
魂魄はなんとか戦闘を終わらせたことに安堵しつつ、必死に息を整えた。
二人が幻想郷に迎えることを切に願う。