□月 ●日  No1110  東の国の眠れない夜 前編


外の世界は不便な物が一杯だと魂魄妖忌は思う。
特にこの「ヘリコプター」という乗り物はいただけない。
音は五月蠅いし、速度も自分で飛ぶのとどっこいどっこいである。
しかし外の世界にいる以上は現地のルールに従わないとならぬ。 


妖忌はいつになく焦っていた。
今から一時間前、守矢神社から幻想郷へ旅立つ決意を固めたという一方が入ったからだ。
守矢神社は八雲紫がたびたび幻想郷へ旅立つようにと促していた特別な神社である。
彼女が動き出す理由は想像付かないものであるが。
しかしこの神社が幻想郷に旅立つ理由は殆ど無いと言って良い。
お布施は十分すぎる程集まっていたし、知名度は申し分ない。


何故か
ここには現人神と呼ばれる巫女がいるからだ。
周辺気候をコントロールできるという現人神。
雨乞いから台風回避などその能力は多種多様に及ぶ。
その能力故巫女はいつしか利権を生み、神社には様々な人が訪れるようになった。
そんな神社が幻想郷に旅立つとあらば、様々な立場の人物が阻止しようとするのは
当然の流れだったといえる。


妖忌が神社に到着したのは、まさに境界を思わせる美しい紫の空を湛えた夕暮れ時だった。
既に何人か見知った者が待機していた。
その中に一人、アフロヘアのサングラスの男
兎を運んだ時に一緒に仕事した甘粕・バーレイ・天治もそこにいた。


「おう、甘粕、大破した店はどうした。」


大破した原因を作ったのは魂魄である。


「目下改装中だ。カネはあるから職人にやらせている。」


表情を変えないまま甘粕は応えた。
兎を逃がすために甘粕の店に逃げ込んだのはよかったが、特殊部隊によって
派手に破壊されてしまったからである。


二人は、今まさに幻想郷に旅立とうとしている神社の姿を見つめた。
すでに数本の御柱が立てられ一種のエネルギーフィールドを形成しようとしている。
ここまで派手な術をやらかせば当然周囲も黙っていられないだろう。


「コントロール、こちらアルファ 目的地に到達した。」


魂魄は耳に手を当てながら、到着を作戦司令室に報告する。



「了解よ、アルファ。」


はきはきした女の声が二人の元に届く。 耳小骨を振動させるタイプの小型ヘッドホンである。


「おい、朝倉、こっちには何人やってくるんだ。」


「SATが8人、人命救助にこっちに向かってくるわ。」
朝倉と呼ばれた女の声は大したことがないように応えた。
一見すると人数が少ないかも知れないが、当たりが開けた守矢神社で巫女を救出するには
十分な人数である。


「周囲に霧を展開しろ、守矢なら出来るはずだ。」


霧を展開することで降下ヘリの着陸地点を稼ぐことができる。


「着陸段階でEMPとチャフグレネードをお見舞いする。」


甘粕が魂魄の言葉に続く。


「おい、甘粕そんな便利なものがあるのか」


「今のスペルカードは、チャフ効果のある弾幕を張れるんだ。」


たしかに、博麗の巫女が放つお札の代わりにアルミ箔でもばらまけばそれなりに無線を
止めることはできるだろう。 
電磁パルスについても最近のスペルカードの性能を見ればパルス照射も不可能ではないように思う。
もっとも電磁パルス対策は相手もやっているだろうから効果は限定的だろう。


通信は途絶えるが、今回の目的は時間稼ぎである。 
当然、問題にならないように相手を極力斃さないで置くのが得策である。


かくして、守矢神社は幻想郷に旅立つための手続きを始めた。
それは長い夜の始まりに過ぎなかったのである。

  • 続く-