夜の守矢神社。
風祝の防衛戦は未だ続いていた。
自衛隊出身の軍隊の特性として、カバーポジションの巧さがある。
専守防衛を旨とする軍隊では有効だが戦況が硬直しやすくなる。
術式が終わるまでは約30分ほど、相手は恐らく守矢神社の目的を知らない筈だから
戦況が硬直しても別に問題と思わないだろう。
魂魄の戦術は単純に時間稼ぎである。少し前に出て相手の動きを止める程度にカードを実行。
弾幕の薄く殺傷力もないスペルカードを用いてあたかも火力があるように見せかける。
それでも境内に侵入する相手は甘粕の特別メニューで足止めする。
公務執行妨害で逮捕されるのでないかというだけが甘粕の気がかりである。
あと数分時間を稼げば終わると思われたその時だった。
神社から不意に人影が出現した。
魂魄と甘粕ふたりには覚えがあった。 政府霊能局の局長である久保田という人物だ。
長身の髭面、時代遅れの四角い眼鏡、まるで香霖をそのまま老けさせたような風体の男。
その腕には、風祝の姿があった。
その姿を確認した、SATは撤退を始める。
久保田は風祝SATのひとりに引き渡すと魂魄の元へと歩みを進めた。
「まさか貴様が本命だったとはな。」
魂魄が吐き捨てるように言う。
魂魄の叫びを無視するように久保田は神社の方向を向いていた。
甘粕は違和感に気づいた。
風祝を確保したにも関わらず、神社にはなにも変化が起こっていない。
不意に神社が光芒に包まれた。
「馬鹿な、風祝はすでに確保された筈だ。 術は発動しない筈だ。」
魂魄が叫ぶ。
「そうだ、あれは風祝に化けたうちの職員でね」
久保田が涼しい顔で応えた。 その態度が魂魄の癪に障った。
「政府のお役人がどういう風の吹き回しだというんだ。」
甘粕が激昂する魂魄を制するように尋ねた。
「風祝が幻想郷に旅立つことで得られる利益の方が、彼女が起こす奇跡よりも上だったという
事だけに過ぎん。 それは幻想郷にとっても、我々にとっても利益をもたらす事が出来るはずだ。」
久保田の視線にはすでに更地となった神社の跡地だけがあった。
*
幻想郷の地下奥深く。
魔界の中枢部を担う巨大な城塞「パンデモニウム」
あれから一年の歳月が流れた。
今にして思えばあの一件は全てこの為にあったのではないかと魂魄は思う。
住吉三柱神を封じた巨大船舶が地下の奥深くで発見された。
それは丁度河童達が建設中であった、核融合炉の研究所の場所そのものであった。
魔界神である神綺様によれば、昔人間によって封じられた高名な魔法使いが駆る船であるという。
魂魄に久保田の言葉が今になって思い出される。
このプランは幻想郷と顕界双方にとって利益をもたらすものとなることを。
そして、何故か彼はこうも言っていた。「姐さんを頼む」と。