□月 ●日  No982 Mona-Lisa OverDrive.


魂魄妖忌は焦っていた。頭をフル回転し、事態を収拾しないといけなくなった。
魂魄妖忌は剣の達人である。しかし、今居る場所にとってそれが何のメリットになろう。
今回の仕事は彼にとって専門外過ぎた。標的を斃す仕事は得意だが護る仕事はノウハウが少なすぎた。
そして始末の悪いことに今目の前には足手まといが居る。
帽子を深々と被った学生服を着た十代の少女。彼女を幻想郷に居るとある人物へと送り届けないといけない。


彼を追うは訓練された工作員たちである。現状で何人いるか皆目見当は付かない。
可能な限り、市街地の人が多い場所を選択して逃げ続ける。
何も知らない一般市民たちは良い弾避けである。
楯としての機能を発揮させるために出来る限り流れに逆らわず少女の手をとって移動する。
目指すは、予め指定された場所ではない。 妖忌には伝手があった。


黄昏酒場と呼ばれた歓楽街の一角にあるビアガーデン。
そこに妖忌が所属する会社のOBが経営している人物がいる。
周囲に気を配りつつエレベータに潜り込む。気が抜けた少女が地面へへたり込んでいた。


「お客まだ準備中ですが、なんだあんたか」
「あんた」という部分にとても残念そうな、口調が聞いてとれた。
長身のアフロヘアー、顔を黒く塗り、丸縁のサングラスをしている男。
彼こそ妖忌が所属する八雲商事のOBであり、当時最高のエージェントと呼ばれた甘粕氏であった。


挨拶はそこそこに取り敢ず座りながら妖忌は置かれた現状を話す。
この少女は月から逃げてきたという兎であること。彼女を幻想郷と呼ばれる場所へと連れ出さねば
ならないことを可能な限り詳細に話した。 
彼に嘘は通じないからこそ、十分な情報を伝える必要があった。
甘粕はしばし黙考すると突然立ち上がり何故かラジオのスイッチを付けた。
魂魄には一瞬どういう意図があるのか分からなかったが、ラジオの内容と外の喧噪でその疑問は氷解した。


ラジオにはこの近辺で不発弾が見つかったことを知らせていた。
「解りやすい実に解りやすい」笑みを浮かべた魂魄の顔を兎の少女は不安そうな顔でのぞき込んだ。
甘粕は固定電話を掛けていた。 通話音が鳴らないことを確かめるとかぶりを振った。
「やっこさんも必死というわけか」甘粕の顔にも笑みが漏れる。
場に緊張が走る。 少女にこの状況は耐え難い苦痛になろう。
「一体何が起るのですか」耐えかねた少女が問う。
笑いながら二人は答えた。
「じき、ここが戦場になるのさ。」


甘粕がカウンターにあるスイッチを押すと一体何処に隠されていたのか無数のバリケードが張り巡らされた。
窓ガラスには一斉にシャッターが閉められた。 まるでこうなることをはじめから予想したような装備である。
少女が唖然としたような表情をしていた。
「うちの客は困った人が多くてね」甘粕が何処に隠されていたのか火器を取り出しながら独りごちる。
「おいたをする客が多いってことだな」魂魄もハンドガンに弾を込めながらそれに応えた。


「Incoming」
外から聞こえたヘリの音が全ての合図だった。
屋上と一階からの挟撃を狙っていることは明白であった。
天井が揺れて、石膏ボードの糟と誇りが上から舞い降りた。
「手慣れているな」これには甘粕も感心するしかなかった。
「CommanderはGatesらしいぜ」
「それは参ったな」 
まるで普段の会話のようなふたりの遣り取りを聞いた兎は躰を振るわせながら床に座っている。
魂魄が非常口のドアを開けると螺旋階段の下から沢山の足音が聞こえた。
「敵中突破しかないか」
魂魄と甘粕は冗談めかしたような声で恐怖で青ざめた顔をしている娘の顔をみた。


レイセンと同じ月兎なら空を飛べるはずだな」甘粕は兎の手を引いて言った。
その言葉に少女は驚いた顔をした。それは彼女の知った名前だったからだ。
 魂魄は螺旋階段の手すりに登っていた。
少女は二人がやろうとしていることを理解した。
そのときには三人の姿は宙を舞っていた。


この行動に下に居た兵士たちは多少なりとも混乱した。
まさに自殺行為であるが、魂魄たちの意図を理解した兵隊は下に向かって発砲する。
そのときには三人は既に一番下まで辿りついていた。勿論怪我一つ無かった。
落下する直前に三人の躰は急減速しゆっくりと着地したのだ。
空から数個のパイナップルが落ちてきたが魂魄は落ち着き払って文字通り切断した。
彼の剣術が成せる業であった。


甘粕が扉を開けた先には地下鉄が走る線路があった。
不発弾処理のため地下鉄も運休している筈であるが、すぐに閉鎖されることは目に見えていた。
が、そこにあり得ない音が鳴り響く。 
ぱっと光る閃光、列車の急減速する音。
手をかざした三人の前に出現したのは地下鉄の車両ではない列車。
「お待たせ」
そしてどこから現れたのか、傘をさした場違いな姿をした少女のシルエットが浮かんでいた。