「まずは第一の関門は突破といったところかしら。」
蓬莱山輝夜は永遠亭に侵入した賊を前に余裕の笑みを浮かべていた。
月は、満月に近く月明かりは賊の姿を照らすには十分である。
賊は和装に身を包み、髪の毛を後ろで束ねた娘であった。
その賊の正体を輝夜は知っている。
八意永琳も鈴仙も皆が寝静まった夜を賊は狙ってきた。
数日後にはロケットが月に到着する。だから彼女たちはその日に備えて
十分な睡眠時間を取る必要があったのである。
賊の狙いを輝夜は十分理解していた。 だから待ち構えることができたのだ。
賊には輝夜が"これからやろうとしていること"を理解して貰わないと困る。
それは詰まり、この一件の真の黒幕をはっきりさせる事でもある。
輝夜は何時ものように、賊に謎かけを行う。
後世の人間が「難問」と呼んでいるそれは、月の都にある品物を捜す依頼であった。
その問いに彼女が出会った人間は悉く紛い物を持ってきた。
賊は数刻考えた後、行動に出た。
一瞬の出来事だった。賊が手にしたものは今居る邸宅の中にある盆栽を手に取った。
その解答に輝夜は満足そうに頷いて見せた。
そう、この世にあるとは思えない物を何故発想できたのか?
それは、"輝夜の手元にあったから"なのだ。
この人物なら自分のプランを話すことが出来ると輝夜は思った。
全ては自分の手のひらで回っていると信じている薬師の裏をかくことが出来るだろうと確信した。
それは"幻想郷を月の都の一部にすること"に他ならなかったのである。
*
この幻想郷と呼ばれる土地が月の都と本質的に同じような姿になりつつあることを
輝夜はそこに住まう妖怪達との接触で知った。
自分の目の前に、穢れを殆ど纏わない亡霊や半霊が現れたとき、この土地と月の都を隔てる境界は
薄くなっていることを輝夜は感じていたのである。
故に八意永琳も優曇華院もここで問題なく暮らせる。
人間の生活に溶け込んでいると考えている永琳だが、そもそも溶け込んでいること自体が
不自然であることに気づいていない。月人が簡単に穢れに染まるのか、それは否だ。
もはや幻想郷は月の都と本質的に変わらないのである。
妖怪達は自分たちが月の都を侵略しようと考えているようだ。
だが、それは誤りだ。 侵略しているのは月の都の側なのだ。
追い出したはずの場所が月の都の一部になれば、面白いことになるではないか。
そうしなければ、いずれ月の都は自らの淀みで破綻してしまうのだから。
妖怪達は自分の存在を月の都に知らしめることができれば満足だろう。
それが蟷螂の斧だとしてもである。
月の人間の圧倒的火力を目にすれば、幻想郷の妖怪も月の都に破壊活動をしようとは思わないだろう。
永琳が自分の駒である綿月姉妹を利用することは想定内だ。
彼女たちなら、十分な火力で妖怪達を蹂躙することができるだろう。
*
小兎姫と名乗った賊は輝夜の話に表情一つ変えないまま頷いて見せた。
話を聞く限り利害は一致していることも確認することができた。
鈴仙以外の駒を手に入れることができた輝夜は小兎姫に報酬として月の使者が持っていた物を
提供することになったのである。