□月 ●日  No1770 珍妙な姿をした得体の知れないもの


無数に増殖した人形生物たち。
彼女から感じる冷気や暖気、水が迸ると思えば一陣の風が吹くときさえある。
月兔はこの人形生物がもたらす今まで見たことのない事象に恐怖していた。
思えば自分が生まれてからこのような天変地異は見たことのないものである。
いや、青い星の資料映像の中でみたものと言えるかもしれない。


月兔は通信を試みたが、生憎同僚たちは昼寝でもしているのかあるいは
本を読んでいるのか桃でも探しに行っているかで不在だった。
せめて、綿月姉妹のどちらかに状況を伝えればきっとなんとかなると思った。


この無数の人形生物から一定の距離をとりつつ月兔は移動し続ける。
幸いにして、人形生物たちは海に張り巡らされた結界に阻まれ、衝突を
繰り返している。だが、その中に自分たちが通る穴がある。
当然その穴を見つけると次の結界に殺到する。そのプロセスを繰り返していた。
この結界も時間稼ぎにしかならないだろう。


まずは報告のために、内陸へと行かないとならない。陸の方向を向き
飛ぼうとしたそのときだった。
この慣れ慣れしく近づいてくる自分と同じ服を着た"おばさん"の顔を見て
月兔は自分の顔がみるみる変な顔になっていくのを感じた。
何とも言えない、やるせないこの姿。
まるで、筋骨隆々の男が老婆に化けているような何とも言えない感覚に
月兔はただ黙っているしかない。


目の前に脅威が迫っていることはわかっている。
謎の人形生物は増殖を繰り返しており、手を出せば何が起こるかわからない。
しかし、月兔にとってはそれ以上に目の前であり得ない等身の"おばさん"のほうが
脅威であった。 なまじ体系がいいだけに、その姿は完全に浮いている。


「大丈夫かしら?」


"おばさん"は尋ねてきた。彼女は自分が仲間だと思っているようだ。
よく見れば何から何まで偽物臭い。自分と同じブレザーだと思っていたそれは
まるで滑ったコスプレ衣装のように安っぽい生地に見えた。


(どうすればいいだろう)


"おばさん"が怪しいのは重々承知だ。だが、自分の背後にいるそれは完全に
飽和点にいることも間違いなかった。
反射的に、あくまで反射的に月兔は叫んだ。


「おばさん、逃げて」


「誰がおばさんですって」


背後から迫り来る脅威から逃げ出すには遅すぎることを月兔は感じた。
自分はあの人形生物に飲み込まれるのか。目を閉じたが自分に何も
起こっていない。
このおばさんの放ったと思われる光球が自分の背後にいる人形生物へと命中したのだ。


「しまった つい」


"おばさん"が自分たちを助けたのは間違いない。
なぜ「しまった」と言ったのか置いておいて、"おばさん"に殺到する人形生物の
隙をついて月兔はその場から逃げ出した。