○月 ■日  No210  北白河のおもちゃ


普段は事務職の北白河だが、現場の空気を学ばせるためということで
香霖堂への納品を手伝わせてみる。
挨拶して自己紹介して握手する。 大体こんな流れだ。
そして早速業務に入った。


北白河はあくまで事務的に仕事をこなす。
納品内容が春画でもお構いなしに申し合わせをするのだ。
そのたびに香霖がわけのわからない叫び声をあげる。 最初から注文するなよ。 
北白河の雰囲気は確かに霧雨のご息女に似ていなくもない. これは精神的にきつい。
だが、その霧雨のご息女当人が出現するのはちょっと想定外だった。


北白河はそれでもなお検品を続けている。 
なんともいえない沈黙が場を支配した。
今なら逃げられる。 だが体が動かなかった。
口火を開いたのは香霖である。 
私の目の前に納品したばかりの春画集を渡してありがとうございましたと
言ってのける。 私も負けていられない。 これは君へのプレゼントだ。
といってその画集を差し出した。
そこに霧雨のご息女は口を挟んだ。「で、どんな本なんだ?」


北白河は天文学と解剖学、植物学の本だと言う。
ご息女はぱらぱらと本の中身を見ると
「面白いから借りていいか?」と言った。
 脳みそが海栗になった香霖は「どうぞどうぞ」というしかなかった。
その後思考がとまって何が起こったのかいまいち思い出せない。 
一ついえるのは二人が意気投合してそのあとしばらく喋っていたことだろう。
そして後には灰になった私と香霖が残った。