幻想郷にいる妖怪たちは概ね温泉が好きである。
河童達は自分たちのための温泉施設を持っているし、他の妖怪たちもあちらこちらに
湯治所をもっていたりする。
温泉の中には塩がわき出るところがあって、低い食塩の自給率を支えていたりもする。
だが一つ不可解なことがある。 妖怪が温泉好きなのはわかるのだが種類を問わず皆温泉が好きなのだ。
通常どんなものでも好きなもの嫌いなものがあるにも関わらずである。
もちろん温泉にかこつけて酒が飲めるためもあるだろうが、そこのところを知恵袋朝倉に聞いてみると
ちょっとした昔話をしてくれた。
この星は妖精の暴走により過去数回にわたり全土が氷に覆われる全球凍結状態に陥った。
これは氷河期という生半可なものではない。 マンモスがいた頃の氷河期はせいぜい高緯度地域を氷に
覆った程度のものだ。 だが現代のように妖精やカミ同士がお互いに牽制し合うことがなくなると
どこまでも環境が悪くなってしまう。
実際に全球凍結状態ではなんと赤道までもが氷に覆われ、海底も1000メートルの深海まで凍ってしまったらしい。
氷妖精の今の姿を知っていると想像し難いが実際に起こった出来事らしい。
そのとき生き残った命が温泉に殺到したという。
地熱地帯で光合成生物たちが命を繋いできたと言われる。
その期間は数百万年ほどと言われており、その当時の記憶があらゆる生き物に刻まれているという。
温泉は、生き物を暖かく包み込んだ母なる存在だというわけだ。
全休凍結を終わらせたのもまた温泉の元である地熱であるらしい。
少しづつ吹き出された噴煙から二酸化炭素などの温室効果ガスが星全体を暖め、かくして大氷河期は終わりを
告げたという。
温泉に入ることで安らぎを感じるのは何のことはない。 妖怪も人間もかつては温泉の中に住んでいたわけだ。
そこは共通の故郷であり、その謂われの中で妖怪たちも安らぎを得ていたというわけである。
温泉で思い出したが、臭いがきついと言われる妖怪たちも臭い消しのためによく温泉に通っている。
中間管理職狐とか隙間妖怪とかはその代表格だ。 彼女たちのところへ石けんやらへちまやら色々届けているので
すぐにわかる。
温泉は混浴だが、一緒に入ろうなんて勇気のある奴はまずいない。 どう考えても自殺行為だ。
温泉にはいったら白骨になって無言の風呂上がりで笑いのネタにならない。
そこに温泉に入らずに行水で済ませている妖怪がひとり。鴉天狗だ。
なぜ入らないと尋ねたら、おなかに卵があるときに温泉に入ったら温泉たまごを生んでしまうと言って笑っていた。
ねえよ。と思ってしまった。
