□月 ●日  No664 土蜘蛛様が切り開いた大切なこと


いつものように薬屋のところへ納品をしていると珍しく質問が飛び込んできた。
幻想郷の人間はワクチン療法や予防接種について何も抵抗感がないというのである。
私は土蜘蛛様のお陰だと答えることにしている。


うちの会社で土蜘蛛様と言えば、幻想郷に検疫の重要性を最初に説いた偉大な妖怪と相場が決まっている。
その愛らしい外見とは裏腹に彼女のやったことはどこまでも報われない。だからこそ我々が評価すべき妖怪である。
彼女が居なかったら隔離システムとしての幻想郷は存在しなかったといっても良いと朝倉もボスも言っている。


幻想郷における土蜘蛛様は病気をまき散らす迷惑な存在 と 思われている。
しかしながら彼女が病気をまき散らしたのは大切な理由がある。
それは病気に弱い妖怪たちに免疫を付けさせるためだ。 土蜘蛛様は経験則から弱い病気をまき散らすことで
抵抗力を付けさせるすべを経験則的に知っていたそうだ。
個体数が少ない妖怪たちが全滅しないように、彼女は幻想郷の裏から妖怪たちを支えていたのである。


里香女史がいる検疫部も元は魔界の入り口に待機している土蜘蛛様の行動をモデルとしている。
当時最先端技術であった種痘やワクチン療法が素早く幻想郷に普及できたのも彼女が居てのことだ。
当時顕界ですら、病気を植え付けるとは何事だという考え方が多かったにも関わらずである。


病気を侮ってはいけない。 病気知らずと思われている蓬莱人でさえ病気とは常に向き合っていかないといけない。
特に月人はただの風邪や水疱瘡くらいでも重篤になってしまう。
科学技術が発達して病気を駆逐したように思えるのだが、土蜘蛛様に言わせれば、駆逐してしまったが故に
体が対応するすべを無くしたと言うらしい。


そんな土蜘蛛様は一回目の月面戦争の時に協力をかなり強硬に断ったという話だ。
それ以来隙間妖怪とわだかまりが残っていると言われている。


薬屋はもし土蜘蛛様の助けを借りることができれば月面戦争は妖怪の敗北にならなかったと仰っていた。
たしかに彼女一人参加するだけでウイルス兵器を使うような物だ。
そしてその威力たるや核ミサイルと違って社会不安に直結してパニックを起こさせることができるのである。


そして薬屋はこうも続けた。
もし、土蜘蛛様と薬屋と結託すれば幻想郷の富を吸い出せるという。
だがそれは無理だ。土蜘蛛様は高潔な思想を持っており卑怯な行動は赦さないだろうからだ。


薬屋は土蜘蛛様が戦争に直接荷担することを恐れていたようである。
彼女の性格からしてそれはないと思われる、
普段はあまり会話しない薬屋だが、私の戯れ言をかなり真剣に聞いてくれたのが印相的だった。