上白沢に連れられて幻想郷の農民たちの生活を覗いてみる。
この日某村では名主さん選びが議論されていた。
意外に思われるかも知れないが、こうしたリーダーの選定はもっぱら民主主義で決められる。
決して血筋で決められるわけではないのである。
また任期も決められており、任期を守らない名主さんには給料を渡さないという徹底ぶりだ。
ここで言うところの給料は農家が持ち寄りで集めた米である。
これは江戸時代からのシステムをそのまま持ち込んだものである。
明治の世に博麗大結界が形成されても無政府状態にならなかったのはこうした地方自治の仕組みが
完全に構築されていたからに他ならない。 隙間妖怪も安心して結界を張ったことだろう。
ルールを守らない者には経済制裁が主であるが、顕界から来た人などルールが分からない愚か者には
契約として妖怪が出張る場合もあるという。
あくまで権力の行使は契約に基づくものである点も見逃せない。
まさにジョン・ロックの思想が純粋に行使されている。
かなしいかなこのシステムが幻想入りしている。
上白沢に妖怪が人間のコミュニティに出張る場面を聞いたら、頭突きをするだけと言って笑っていた。
村人Aが小声で「満月に」と付け加えていた。
だいたい言わんとしていることはわかる。
名主さんが決まると次はある家で起こっているDV(ドメスティックバイオレンス)が議題に上がった。
結果は三行半すなわち離婚である。 幻想郷の場合女性の地位が低いなんてことはまずない。
カカァ天下は幻想郷も顕界でもあまり変わらないのである。
第一女性の地位が低かったら妖怪たちが黙っちゃいない。 ただし顕界でありがちなヒステリックな
ジェンダーフリーという名の逆差別とは意味が違うが。
みんながいる前で三行半の為の契約書を書かされる男。
暴れるかと思いきや意外と大人しい。 ただ相当悪態はついている。
上白沢が自分がいるので下手なことはさせないしできないと言っていた。
万が一暴れた時にはあっという間に力でねじ伏せられることを彼らは知っているのである。
補足すると三行半とは離婚のことだが、これはすなわち再婚のための手続きである。
ぶっちゃけ妖怪が再婚するのための制度と言っても過言じゃない。
ちなみに三行半というのは男にとっては洒落にならない損失となるそうだ。
そもそも嫁入り道具と言われる家財道具全般は全部引き上げられる。
哀れなこの男がこれからどうなるかはあまり想像したくない。
契約書を書かされるという話にも有るとおり、幻想郷の農民の識字率は極めて高い。
村の取り決めも文書化されていることからも読み書き計算が出来ないと農業なんてできないのである。
明治の世の富国強兵政策が上手く機能したのもこうした基礎が出来ていたためと言えるのではないだろうか。
幻想郷の自治システムは思いの外良くできているということを
改めて学習できた日であった。