Intermisson3


突然の夕立はすぐに止んでしまった。
涼風が吹くことを期待したが雨はこの街を冷やすには不十分すぎた。
むしろ、水蒸気が飽和して汗の蒸散を妨げた。
衣服の下には汗がにじみ、べたりと張り付いている。
雲の間から覗く紫がかった空があたりを覆っている。


殺風景なとある一室
テーブルの上には携帯電話 そして無数の機材とコードが置かれている。
それを取り囲むように数人の男たちが電話をにらみつけている。
エアコンがついているのにも関わらず、熱気で部屋は蒸し風呂のようだ。
その中央に座している茶髪の女がいた。
彼女の肩書きは「霊能局第一種捜査官」
周囲を囲む男たちは彼女を小兎姫と呼んだ。


ブラインドから覗かせる紫の光が街の光へと変わったとき
携帯電話が唸りだした。
男たちは電話の充電ジャックにコードを接続する。
その先には一尺四方ほどの六角型の箱が繋がれていた。
小兎姫は携帯電話を手に取りモニターを見つめた。
非通知着信であることを確認すると、記録開始を告げるサインを出して
通話ボタンを押す。 男たちの視線は携帯電話からモニタリングのための
PCに移った。


「いらっしゃい」
小兎姫は不敵に笑いながらそう言った。
電話の音を拾ったサンプリンググラフは小兎姫の言葉以外は
ただノイズだけを映していたが、小兎姫のこの言葉に反応したのか
ノイズがぷっつりと止まり、またしばらくして同じようなノイズが
収録される。


張り詰めた緊張感
数分のやりとりののち小兎姫が一言こう言った。


「でも無駄、あなたの念は私には届かない」


携帯電話に接続された箱が文様を浮かべながら赤く点滅していた。
人間に悪影響を及ぼす念を検出する八卦炉と呼ばれる箱である。
男たちの報告が響く


「防壁は正常機能中 機能衝突ありません」
「スピーカー対応外低周波を検知しました 現在製造元へ問い合せ中」
「心筋作用型の念を検出 Ⅲ種です」
「敵念積体 八卦炉心迷路に入りました」


いつの間にか蒸した空気は消え去り、職員たちの汗は消えていた。
空気は怪談話を聞いたときのようなヒヤリとした空気に支配されている。
小兎姫と携帯電話の会話は続く。 まるで彼女の独り言のようにも見えるが
ノイズの周波数を示すグラフが確実に反応を繰り返しているのが
見て取れた。


かれこれ一時間近くこのやりとりは続いた。
反応は少しずつ弱まり、やがてノイズがほとんどない状態になっていた。
報告する職員たちの声も安堵の色に変わっている。
「敵 制圧に成功しました」
「念積体の99.79%が炉心迷路で迷走中」


汗一つない職員とは対照的に額に汗を滲ませた小兎姫は
椅子にもたれかかった。
部屋の中はまた蒸し風呂に逆戻りしつつある。
疲労感が襲っているのか、しばらくの間まるで眠りに就くかのように
呼吸している。 
職員のひとりが閉まっていたブラインドを開けた。
すっかり高くなった月を小兎姫はぼっとした表情で見ていた。


携帯電話はすでに回収の手配がなされていた。
あとはいつもの会社が幻想郷に運ぶのを待つだけである。
机の上には白紙の報告書。
まだまだ小兎姫の仕事は終わらない。



妖怪の世界も新技術が生まれる度に日々新種が出現する。
本来妖怪という物は不定形であり、様々な物や概念に付属する念が
実体をもって出現するのである。
ここ、霊能局も新種の妖怪に日々対応する仕事に追われているのだ。