□月 ●日  No1294 曖昧になった境界


レンコの親戚が亡くなったということで忌引願いが来る。
遠い親戚だということだが、先輩としてこれだけは言わないといけない。
それは死後の世界について話さないことだ。
もっとも言ったところで冗談だと思われるだろうが。


八雲商事に在籍していると確実に死生観が変わる。
死に対する理解が変わり、様々な儀式は全て送り出す者のためと割り切るようになる。
それはメリーやレンコも一緒である。
実際、お葬式が茶番に見えてしまうのである。


遺体に最後のお別れをするときもムードゼロである。
当の本人が死神相手にナンパしていると知ったらここの人たちはどう思うだろうか。
だから二人にはこう言っている。 空気読めと。


このアドバイスは二人だから言っているのではなく八雲商事に携わる人なら
皆同じ事を言われる。 出入り業者の人にも同じ事を言っている。
しかし、レンコの返答は斜め上を突っ走っていた。


なんでもメリーを通して葬式をウォッチしている死んだ人本人を観察しているのだという。
大体の場合は、奴さんも自分が死んでいるものと理解しているので混乱は起こらないらしい。
さすがにこういう人材はなかなかいない。 学生時代にすでにそういう幽霊を目撃している
彼女にっては葬式のことはある程度日常の風景なのかも知れない。


それにしても、レンコの「こうだったらもっと早くに死んでおけば良かった」発言は
流石に命の尊厳を無視した発言であり厳重注意すべきだろう。
聞くと本当にそういうことを言う人はいるらしい。
それも結構な頻度である。 大病を患ったり身体機能が失われた状態から解放されて
健常者と同じ行動力を得ることができると考えると仕方ないとはいえ
話は早いと思った反面、自分の考えが甘かったことを痛感した日であった。