□月 ●日  No1319 それぞれの戦い


雲居一輪は外の世界からやってきたと思われる残る二機の戦闘機に手を焼いていた。
一機は入道の活躍により戦闘不能に陥れたが、残りは健在である。
入道は確かに不意打ちには有効な効果を発揮しただろうがいかんせん速力不足は否めない。
一輪は外の世界にいた妖怪でもある。飛行機の挙動には慣れているが、
幻想の戦闘機となると話は別だ。人間が乗っているのを考慮しているとは思えない挙動で
一輪を焦らせる。


後ろから追いかけている白狼天狗たちもそれは同様である。
確かにこちらに向けられた火力は減ったが、白狼天狗の弾幕は自らを巨大に見せる
大規模無差別攻撃が主流である。それは折角応援に駆けつけた入道に当たる懸念があった。
それが彼女たちの動きを制限させていた。


稗田阿求もまたこの状況に焦りを見せていた。
月への通り道「空間軌道」。 幻想郷へと導いた月兎が見せてくれたこの道を
ロケットも列車も通っている。この道を通れば安全に幻想の月へ導かれるであろう。
しかし、もしもこの戦闘機が空間軌道に乗ってしまうと問題が起きる。
列車もロケットも空間軌道を利用するための認証である月の羽衣が貼り付けられている。
月の都から見れば、月の羽衣を付けている者は味方として映るだろう。
今の状況は月の都から見れば賊に終われている身内である。
この状態を放置すれば、月の都は確認作業を行ってくるはずである。
それは、ロケットと列車を危険に晒すものであった。


それでも入道は様々な形状に変化できる特性を生かして弾幕と言うよりむしろ
拳をぶつけにかかる。その一撃が戦闘機のバランスを大きく揺らした。
好機と考えた白狼天狗たちがフォーメーションを組んだまま戦闘機に群がる。
しかし、その団体行動が裏目に出た。


阿求もその瞬時の出来事に対応が遅れた。
白狼天狗の一部が空間軌道に当たってしまった。その間2秒。
須臾とも言える時間。だが致命的なその時間。
阿求は空間軌道の様子を見つめるが変化は現れなかった。
ほっと胸をなで下ろす阿求たち。 
なぜか? それは別の場所で起こっていたからだった。

 


乗用車に擬態した草蓮に乗り込む2匹の月兎と櫻崎は一路、種子島宇宙センターへの道を走っていた。
途中で船に乗り込まないといけないのだが、その船も草蓮の擬態で賄うという酷い内容である。
草蓮は爆破されたとき、自分の身体の何処が爆破されたら痛くないかそればかり考えていた。
順当なところでは背中ではないかと考えてみる。
そうすると倒立状態でロケットになりすまさないといけない。 頭に血が上るのが嫌だと
草蓮は思っていた。
一方で櫻崎はどう二人から色々と話を聞き出そうとしていた。
家族の話やその大半が他愛のない話であるが、彼女たちがどうのようなシナリオで
発言しているのか頭の中で反芻していた。


不意に
二人の月兎が走っている自動車の扉を無理矢理開けて外へと飛び出した。
このあまりの出来事に櫻崎の動きも一瞬止まった。
草蓮はとっさに自動車の姿からグロテスクな鉄巨人へと姿を変えた。
短時間のうちのブレーキにはそれが最適だったからだ。


「何が起こったの?」
櫻崎は毒づいた。その場から離れようとする月兎をどうにかして引き留めないといけない。
櫻崎は月兎に弾幕を放つ。この際幻想郷だろうが顕界だろうが関係はなかった。
道路は出現した鉄巨人の姿に騒然としていた。 だが今は報道管制をどうするかなど
考えている暇はない。
鉄巨人に変化した草蓮も月兎にガドリング砲を発射するが、高速移動してくる
兎たちに当たるわけでもなく、後方を走っていた乗用車のミラーを薙いだ形になった。


その乗用車が今度は草蓮が擬態している鉄巨人へと突っ込んでくる。
それを乗用車を破壊しない程度にいなす草蓮。乗用車の運転手の目は真っ赤に染まっていた・
このままでは騒ぎに乗じて逃げられてしまう。
櫻崎は陰陽玉を月兎を取り囲むように展開しつつ、少しづつ行動範囲を狭めるように
弾幕を張る。 しかし相手の動きは素早くそれもままならない状態だった。
火力不足は明白であった。


月兎の一人がさらに後続の車に何かをしようとしている。
これ以上、民間人を巻き込むわけにはいけないと櫻崎と草蓮は身構える。
また乗用車をけしかけるつもりか?
しかし、その乗用車は二人の月兎をおもむろに撥ねた。
数メートル吹っ飛ばされて、さすがの月兎も動かなくなる。


「間に合ったか」
車の主は、そう言うなり痛みで動けない月兎を紐で縛り上げ始めた。
「お前らを縛るために用意したフェムトファイバーだ。脱出できまい。」
縛られる月兎の様子を呆然と見守る櫻崎と草蓮。
車の主は櫻崎たちをつけていた有江ルミと黄昏酒場で飲み屋を経営する
自衛官、八海山辰巳の運転する車だったのである。



魂魄は列車に積み込まれた様々な荷物を確認することにした。
月の都で何が起こっても良いように装備を整える必要もあったからだ。
一緒に乗り込んでいるアリス・マーガトロイドが操るメイベルも今は機能を停止し、自己診断機能を働かせているようである。
月の都に行くための列車の中は普段乗っている列車と比べると全てにおいて仰々しい作りになっている。
まず目に付いたのは緊急用と書かれた衣服である。 
これが本で読んだ宇宙服という物であろうかと魂魄は思った。