□月 ●日  No1438

八雲商事営業部。


「今日は外せない予定があるけど面倒ね。」
山積している書類の山を見て朝倉は嘆息した。
朝倉理香子の仕事は忙しい。
とても多いのは魔法に関する技術的問い合わせだ。


魔術をパッケージング化して誰でも決闘ができるようにする為のシステムを構築するシステムは
もともと別の魔法使いのアイデアだった。
しかしそれを実用化させたのは朝倉の功績である。


朝倉は科学者でありながら同時に高名な魔法使いでもある。
彼女に言わせれば、魔法も科学もやることは全く同じ物であると言える。
データを集め、仮定を行い 実験をして理論立てる。
魔法使いは元々科学者としての素地がなければやっていられないのである。


電話連絡だけでなく、時にはスペルカードのコードが彼女の手の元に送られるケースがある。
他人が描いたコードを自分で解読するのは本当に面倒だ。
ましてやそこからミスを捜し出すのはもっと面倒だ。


コードのミスならまだ探すのは楽だが、たとえば非効率部分をチューニングするとなると
自分でゼロから作りたくなる衝動に駆られてしまう。
もちろんそんなことをしたら、頼んだ人が進歩しなくなるので我慢する。
魚を与える前に魚の釣り方を教えるべきであると朝倉は信じている。


朝倉は、問い合わせのあったカード内容を即座にコピーして仮想実行環境で走らせてみた。
弾幕の配置位置にずれが生じ、最終的に術者に弾幕が当たるという致命的なエラーである。
問い合わせをしているのは妖怪だが、これが人間となったら下手をすれば命を奪われかねない。


弾幕の動きを可視化するスクリプトを実行し、弾幕の移動パターンを解析する。
弾幕の動きがリボンを投げたように可視化されていく。 すると数発の弾幕が術者に向かっていくところが見えてきた。
その弾幕を生成しているコードを検索して、パラメータを開く。 
まずはコードそのものを無効化して問題が解決できるかを確認する。 
あとは弾幕一個をトレスダウンしてパラメータの誤りを探していく。 地道な作業だ。


ミスの理由は明白だった。 このコードが当該弾幕のコピーであったことが判明した。
最初は問題ないものの、パラメータだけ変えてしまったため70秒後に弾幕が自分に襲いかかってしまう。
最後まで実行しないと確認にならないという当たり前の結果である。


ミス部分は直接直さないのが朝倉流だ。
当該部分にコメントアウトしてミスを指摘する。 
コメントアウトスクリプトは問題となった弾幕にマーキングする機能である。
これですぐに何処に間違いがあるか分かることだろう。


「なんとか時間までに仕事を終えることができた。」
椅子にもたれかけながら、少しの間だけ目を閉じる。
「ちゆり、後を頼むね。」
勢いを付けて立ち上がった朝倉は、思い出の場所を目指す。 普段は行くことがない幻想郷へ。




その場所はまるで彼女の気分を投影したように霧雨に包まれていた。
夏の暑さを和らがせる霧はまるで自分を迎え入れたかのように思えた。
墓の前に花を手向け手を合わせる。
「あれから何年経ったかしら。」
"彼女"との思い出を反芻しながら、お金が掛かったその石碑を眺める。
「娘はますますあなたに似てきたわ。」


きびすを返す朝倉の目にとまったのは妙齢の男の姿だった。
「ごめんあそばせ。」
見覚えのある顔を横目に、軽く会釈だけした朝倉は会社への帰路へ就く。
今日は残業だ。